今年の太宰治の桜桃忌、生誕祭は群馬県水上を選んだ。去年一昨年は青森、金木の太宰の故郷へ足を運び、生誕祭に参加した。そこへ行けば、長女の津島園子さんにも会える。朗読会など色々なイベントにも参加できる。しかし、なぜか私は今回は群馬県水上を選んだ。なぜか行きたいと思った。惹かれたのだ。
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 1泊2日で太宰ゆかりの旅館たにがわに宿を取り、前日の6月18日に水上を訪れた。迎えの車はあえて断った。のんびりと自然を楽しみ、太宰も通った道を味いながら歩きたかったからだ。

 ここへ初めて訪れたのは、2014年12月末であった。その時は運悪く大雪で、それにも関わらず、なぜかその時も歩いて旅館まで行った思い出がある。文学碑はすべて雪で覆われていた。2回目に訪れたのは、2015年6月19日の桜桃忌だ。その日は雨であった。今回は曇り空であったから、天候には恵まれたほうだ。(翌日19日は青空だった)
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 水上駅から少し歩くと、SL機関車のある綺麗に整備された緑色の芝生の公園がある。3年前はただの砂利であったが、緑色の芝生になり、いっそうSL機関車の姿が映えるようになった。
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 のんびり自然を眺めながら、太宰の姥捨の文学碑のところまで歩く。この付近に地図案内板があるのだが、こちらも新しくなっていた。新しく地図を描き直したようだ。しかし、残念であったのが、以前の地図には太宰の姥捨の文学碑のある箇所にはちゃんと、『太宰治歌碑』と記載されていたのにこの地図案内板には、それがなくなっている。案内板のすぐちかくに文学碑があるから記載しなかったのだろうか。

 鳥の鳴き声を聞きながらカメラで谷川岳の景色を撮影して歩いていると、何だろう、なぜか視線を感じる。それは自分の正面方向から感じ取れる。撮るのをやめ、ガードレールぎりぎりから下の斜面を見下ろすと、50mほど先に、私をじっと見ているものがいた。
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 カモシカだ。私のことをずっと見て観察していたものの正体は野生カモシカであった。それにしてもまったく動かない。本物だろうか、もしかしたら精巧に作られたカモシカのオブジェなのだろうかと思ってしまうほど、微動だにしない。写真を2枚撮り、最後にもう一枚だけ撮ろうと指をボタンに置いた瞬間、カモシカは我に返ったように身を翻して森へと姿を消した。(結局、雲っていたため谷川岳は見えず、良い写真は撮れませんでした。しかも翌日は晴れて谷川岳が見えたのに写真を撮るのを忘れた。代わりにカモシカの良い写真が撮れたが…)
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 太宰ゆかりの旅館たにがわにて疲れを癒した。ここは今さら言うまでもないが、前身は太宰治が滞在した川久保屋で、その後、増改築をおこない現在の旅館たにがわになった。太宰治が滞在した川久保屋は、現在の旅館たにがわの駐車場にあった。その駐車場にも文学碑がある。
 相変わらず料理も美味で、温泉も心身共に癒される。初めて訪れた時は大雪で雪の降るなか露天風呂に入った思い出がある。あれも良かった。雪景色の中で入る露天風呂も最高であった。
 部屋で、この日だけはと、太宰がよく吸っていたゴールデンバットを何本も吸った。普段吸わないのに強いバットを何本も連続で吸うもんだから、ゲホゴホと咽ては頭がくらくらし、何だか体中の血管が絞めつけられるような嫌な感覚になり、血管をどうにかせねばと思い、もう一度風呂に入ったら、その嫌な感覚も消えた。アブないところだった。助かった。温泉はやはりいいもんだ。

 旅館たにがわには太宰治にちなんだオリジナルカクテルがある。初めて泊まった時は、たしか『人間失格』のカクテルを飲んだような気がする。今回は『桜桃』と『斜陽』を飲みました。
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 こちらは『桜桃』で、チェリー、ジンジャーエール、ラムをベースにしたカクテルで甘くて飲みやすかったです。
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 こちらが『斜陽』で、カシス、ソーダ、ジンをベースにしたちょっと苦味のあるカクテルです。どちらも美味しかったです。まだ『走れメロス』(カシスリキュール、スパークリングワイン)とノンアルコールの『創世記』(マンゴー、チェリー、オレンジ)は飲んでいないので、次回の楽しみです。

 翌日、6月19日。太宰治の誕生日で桜桃忌。この日を太宰治の命日と勘違いしてる人がたまにいるが、命日は6月13日で、遺体が発見されたのが太宰治の誕生日である6月19日。今年は生誕109年ですね。2009年の太宰治生誕100年はかなり盛り上がりましたが(実はその頃はまだ私は太宰治のことは好きでも無ければ、本も読んでません)、今年は没後70年ということで、本、雑誌なども色々出て、特集も組まれたりなど若い世代のファンもどんどん増えつつあり、嬉しいかぎりですね。
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 この日、群馬のテレビ局がきているということで、旅館のスタッフ(旅館たにがわに勤める女性スタッフの1人は太宰ファンで青森・金木町の生誕祭に行ったとのこと)と共に2カ所の文学碑に献花に行きました。最初に姥捨の文学碑の前で献花を行い、それから旅館たにがわの駐車場にある文学碑にて献花をしました。そこでその群馬のテレビ局からインタビューを受けることになったのだが、如何せんインタビューなど今まで受けたことがなく、しかも小柄な可愛い女性アナウンサー(名前は知らない)を前に緊張し、背中を汗がツーっと流れれば尚更緊張し、しどろもどろになり、自分でも何を言っているのか何を言いたいのかよく分からないインタビューになってしまった。あの日の群馬テレビのスタッフさん、申し訳ありませんでした。
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 今年の桜桃忌はこんな感じで終わってしまったが、来年は太宰治生誕110年ということで、かなりの盛り上がりを見せることは間違いないはず。太宰治の『斜陽』の映画化や、三鷹に太宰治文学館が建てられる話など、生誕110年に合わせて計画されていると思うので、他にも各地で特別展や特集が組まれたり、2019年は新たな太宰治旋風を巻き起こしそう。
 来年2019年の太宰治生誕110年が楽しみですね。


by dazaiosamuh | 2018-06-24 13:45 | 太宰治 | Comments(2)

 太宰治の短編『新樹の言葉』の中で、『眼をあげると、大丸デパアトの五階建の窓窓がきらきら華やかに灯っている。もう、この辺は、桜町である。』と書いているが、『桜町』は、明治8年から昭和39年まで使われた町名で、今は使われていない。
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 現在は、丸の内、中央、北口等の町名に変わっている。かつて桜町として栄えたことを記す看板があった。
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 町名としての桜町は消えたが、前回に書いた松林軒デパートがかつてあり、現在ホテルとなっている場所の通りは、『ぺルメ桜町』としてその名を残している。『甲府で一ばん賑やかな通りで、土地の人は、甲府銀座と呼んでいる。』とあるが、しかし、かつては賑わっていたであろうと思われるが、閉店した店などがちらほらと見受けられた。

 前回載せた老舗和菓子店の松林軒には、時間の都合上、行くことができなかった。無理してでも何か買って帰ればよかったと今さらになって思っている。次回甲府へ旅行したさいに立寄りたいと思う。


by dazaiosamuh | 2018-06-17 14:09 | 太宰治 | Comments(0)

 今月発売の『東京人』は太宰治だ。今月は太宰治の命日(6月13日)と誕生日(6月19日)があり、今年で没後70年を迎える。それにあわせて太宰治の特集が組まれたのだ。
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 生前の太宰治と会ったことがあり、短編『メリイクリスマス』のモデルにもなった林聖子さんが太宰治との思い出を語っている。その中で、聖子さんは太宰治を初めてみた時の第一印象は、顔ではなく手であったと述べる。
煙草を持っている太宰さんの指、その関節が長くてすごくきれいでした。うちの父(洋画家の林倭衛)は反対にごつい手でしたが、男の人って、人によって指の形が違うんだなと思ってね。それが第一印象。顔よりも手でした。

 他にも、今までに起きた太宰治ブームをその時代の変化や背景を見ていきながら、どのように太宰治は読み継がれてきたのかを検証するコーナーもあり見応え十分な内容になっている。

 目新しい情報などはいまさらない。しかし、文学小説というのはその時の自分の年齢や体験、おかれた境遇などによって感じ方、読み方はまるで変わる。読むたびに新たな発見がある。作品が書かれた時代背景を知り、太宰治という人間を知ったうえで読めば、いっそう面白さは倍増する。太宰治没後70年の今年、私は20代から30代へと移行する。人生に対する考え方など、色々と変わってくるだろう。今年は、改めて太宰治の作品をすべて読み直してみようと思う。



by dazaiosamuh | 2018-06-10 16:25 | 太宰治 | Comments(2)

 太宰治が甲府を舞台に書いた作品には他にも『新樹の言葉』があり、昭和14年3月上旬から中旬にかけて脱稿した短編作品で、幼少時代の懐かしい記憶(乳母、子守タケとの記憶)から生まれた、甲府を舞台にした架空の物語で、『黄金風景』に近いものがあり、似た印象を受ける。

眼をあげると、大丸デパアトの五階建の窓窓がきらきら華やかに灯っている。もう、この辺は、桜町である。甲府で一ばん賑やかな通りで、土地の人は、甲府銀座と呼んでいる。東京の道玄坂を小綺麗に整頓したような街である。路の両側をぞろぞろ流れて通る人たちも、のんきそうで、そうして、どこかハイカラである。植木の露店には、もう躑躅(つつじ)が出ている。
 デパアトに沿って右に曲折すると、柳町である。ここは、ひっそりしている。けれども両側の家家は、すべて黒ずんだ老舗である。甲府では、最も品格の高い街であろう。』(新樹の言葉)

 上記の文中にある『大丸デパアト』というのは、どうやら当時の甲府における高層の大店舗であった、松林軒百貨店ビルのことらしい。
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 当時、松林軒百貨店は地上6階、地下1階の県内初の大型百貨店で、昭和12年に開業した。しかし、昭和20年7月の甲府空襲により外観を残して焼失した。その後、甲府会館として利用されたりなどしたが、現在は写真の通り、ホテル・ドーミーインとなっている。
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 しかし、現在はホテルとなっているが、その一角には商店街に面して松林軒の菓子店が営業している。

『新樹の言葉』の冒頭部分で、甲府のことを、『沼の底、なぞというと、甲府もなんだか陰気なまちのように思われるだろうが、事実は、派手に、小さく、活気のあるまちである。よく人は、甲府を、「擂鉢の底」と評しているが、当っていない。甲府は、もっとハイカラである。シルクハットを倒(さか)さまにして、その帽子の底に、小さい小さい旗を立てた、それが甲府だと思えば、間違いない。きれに文化の、しみとおっているまちである。』と書いているが、『シルクハットを倒さまにして、その帽子の底に、小さい小さい旗を立てた』という表現は実に見事で高いセンスを感じずには入られない。

 この『新樹の言葉』をもとに引き続き記事を書いていきます。


by dazaiosamuh | 2018-06-03 21:11 | 太宰治 | Comments(0)