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太宰治と小泊 №7 太宰とたけ、そして竜神様

 小泊でたけと再会を果たした太宰。運動会を黙ってふたりで眺めていたが、たけは太宰を竜神様へ誘った。(以下『津軽』より)

「竜神様の桜でも見に行くか。どう?」と私を誘った。
 「ああ、行こう」
 私は、たけの後について掛小屋のうしろの砂山に登った。砂山には、スミレが咲いていた。脊の低い藤の蔓も、這い広がっている。たけは黙ってのぼって行く。私も何も言わず、ぶらぶら歩いてついて行った。砂山を登り切って、だらだら降りると竜神様の森があって、その森の小路のところどころに八重桜が咲いている。たけは、突然、ぐいと片手をのばして八重桜の小枝を折り取って、歩きながらその枝の花をむしって地べたに投げ捨て、それから立ちどまって、勢いよく私のように向き直り、にわかに、堰を切ったみたいに能弁になった。
 「久しぶりだなあ。はじめは、わからなかった。金木の津島と、うちの子供は言ったが、まさかと思った。まさか、来てくれるとは思わなかった。小屋から出てお前の顔を見ても、わからなかった。修治だ、と言われて、あれ、と思ったら、それから、口がきけなくなった。運動会も何も見えなくなった。三十年ちかく、たけはお前に逢いたくて、逢えるかな、逢えないかな、とそればかり考えて暮していたのを、こんなにちゃんと大人になって、たけを見たくて…

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 『小泊までたずねて来てくれたかと思うと、ありがたいのだか、うれしいのだか、そんな事は、どうでもいいじゃ、まあ、よく来たなぁ。
 最初の記事でも書きましたが、文学碑は6基あります。巡る順番としては最後の碑がこれになります。少し分かりにくい場所にあります。

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 竜神様への道は、人気が無く、天気が良かったからいいものの、夕方以降だとちょっと不気味に感じられるかもしれません。滅多に人がこないのでしょう、草木が生い茂ってます。

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 現在の竜神様。太宰がいた当時と同じ建物ではないと思います、場所も同じなのかは不明です。また、『…砂山を登り切って…』『…ところどころに八重桜が咲いている』とありますが、砂山も八重桜の木も見当たりませんでした。(時間があまりなくちゃんと探せなかったのと、季節的に草木が生い茂っていたので、よく探せばあったのかも…)

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 近づいてよく見てみると、手すり等が朽ちて無くなっているのがわかります。手入れや修繕等は全くされていないようです。この様子だと地元の方々もあまりここに来ることはないのかなと思います。

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 しかし、たけの孫である越野由美子さんが書いた『太宰治の子守り越野タケの孫が語る タケの色々な話』によると、当時はやはり山桜や砂丘はあったようです。
又、祖母は龍神様へもお参りによく行っていました。龍神様までの道は今でこそ舗装され、お堂の前まで車で乗り付けることが出来ますが、太宰が『津軽』の執筆のために小泊を訪れた頃は、まだ運動場からアカシヤの木々の間の細い山道を入り、その先にある小さな砂丘?を通り、更に、その先に続く細い道を沼伝いに進み、ようやく龍神様に辿り着くといった道のりでありました。公園もなく、自然と触れ合い、散策を楽しんだりという憩いの場所などない昔、小泊人にとって、龍神沼の畔を歩く龍神様までの細道は、普段は見向きもしない名もない様々な野花、野草、枯葉に至っても野山の趣が感じられ、住宅地の近い距離にありながら、四季折々の色合いや小鳥のさえずりすらも心地よく楽しめる所でもありました。

 太宰が書いたとおり、砂丘(っぽいとこ)や桜の木はあったようですね。またお孫さんは著書の中で、
この時の祖母の心情…私は、解るような気がします。
 山桜を観ながらの龍神様への道のりは、自分を慕い、はるばる訪ねて来てくれた太宰との再会で、揺れ動く気持ちの動揺を鎮めてくれ、そして、長い間、引き裂かれてあった二人の距離をも縮め、わだかまりとして残っていた辛い思い出を消し去り、優しさを加え、素直さが初々しい昔の二人に戻らせてくれたのではないだろうかとも思います。』と書いている。
 身近にいたお孫さんだからこそ感じとれる心情がありますね。運動場からこの龍神様の場面は本当に優しさに包まれた、感動的なシーンですね。太宰の『津軽』はこの最後の場面のために書かれたと言っても過言ではないと思います。

「子供は?」とうとうその小枝もへし折って捨て、両肘を張ってモンペをゆすり上げ、「子供は、幾人」
 私は小路の傍の杉の木に寄りかかって、ひとりだ、と答えた。
 「男? 女?」
 「女だ」
 「いくつ?」
 次から次へと矢継早に質問を発する。私はたけの、そのように強くて不遠慮な愛情のあらわし方に接して、ああ、私は、たけに似ているのだと思った。きょうだい中で、私ひとり、粗野で、がらっぱちのところがあるのは、この悲しい育ての親の影響だったという事に気附いた。私は、この時はじめて、私の育ちの本質をはっきり知らされた。私は断じて、上品な育ちの男ではない。どうりで、金持ちの子供らしくないところがあった。見よ、私の忘れ得ぬ人は、青森に於けるT君であり、五所川原に於ける中畑さんであり、金木に於けるアヤであり、そうして小泊に於けるたけである。アヤは現在も私の家に仕えているが、他の人たちも、そのむかし一度は、私の家にいた事がある人だ。私は、これらの人と友である。
 さて、古聖人の獲麟を気取るわけでもないけれど、聖戦下の新津軽風土記も、作者のこの獲友の告白を以て、ひとまずペンをとどめて大過ないかと思われる。まだまだ書きたい事が、あれこれとあったのだが、津軽の生きている雰囲気は、以上でだいたい語り尽したようにも思われる。私は虚飾を行わなかった。読者をだましはしなかった。
 さらば読者よ、命あらばまた他日。元気で行こう。絶望するな。では、失敬。

 終わりの部分は本当に素晴らしいので、長いですがそのまま抜粋、引用させてもらいました。

 この小泊でのゆかりの地巡りは、太宰の名作『津軽』の最後の感動的場面とあって、とても印象に残りました。ひとつ心残りがあるとすれば、最初の記事にも書いた、『太宰とたけ再会の道 文学碑』を全部まわることができなかったことです。私がまわったのは6基中、4基。残り2基の文学碑は、やはり帰りのバスの時間に間に合わなくなるため、途中まで行ったのですが、引き返しました。
 ちなみに、まわれなかった残りの文学碑の文言は、以下2つ。
私は小泊港に着いた。ここは人口二千五百くらいのささやかな漁村であるが、築港だけは、村に不似合いなくらい立派である。
中古の頃から他国の船舶の出入があり、蝦夷通いの船が、東風を避ける時には必ずこの港に仮泊する事になっていたという。
 またうっかりしていたのは、たけのお墓参りを旅行前に考えていたのに、調べるのも、この旅の最中も忘れていた。
 再度小泊を訪れた際は、文学碑と合わせて必ずまわりたいと思います。

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 太宰が小泊でたけと再会した当時(1944年5月27日)、たけは46歳。26年4ヶ月振りの再会だった。この日、太宰は越野家に宿泊し、夜を徹して、たけと懐旧談に花を咲かせたという。また太宰治の年譜(山内祥史 著)によると、『タケによれば「当時は配給制で十分には飲ませてやれなかったが、とにかくそれまでわが家にためておいた酒を全部飲んだ」』とのこと。今まで太宰のエピソードを色々調べていると、だいたい最後のオチは、酒を飲み干すパターンが多い気がする…。

 小説『津軽』は紀行文のかたちをとっているが、事実をありのまま書いている部分もあるかと思えば、ここぞの場面は創作手腕を発揮して読者をぐいぐい引き込んで虜にしてくる。太宰の才能が光る作品だと思います。

 小泊での滞在時間は短かったですが、太宰とたけの思い出の地は、私にとっての思い出の地にもなりました。帰りは小泊案内所発14時55分のバスで五所川原へ向かい、そこで少し時間を潰し、新青森駅へ。

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 五所川原駅から徒歩数分にある喫茶でケーキセットを注文。落ちついた店内で、ゆっくりリラックスできました。

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 新青森駅では、いつも新幹線に乗る前に『太宰らぁめんと津軽のめしや 「めぇ」』で食事を取るのですが、帰りが遅くなり閉店していました。

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 代わりに別の店でサーモンいくら親子丼を食べて、帰りました。(2200円…ちょっとお金がもったいなかったか…)

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 ここまでだらだらと長く書きましたが、『太宰治と小泊』はこれで終了となります。
 記事を読んで興味がわいた方は、ぜひ自分の足で小泊を訪れてみてください。
 運動場を見つめる太宰とたけが、いつでも旅行者をあたたかく迎えてくれるはず。
 

by dazaiosamuh | 2025-07-22 12:53 | 太宰治 | Comments(0)