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太宰治と小泊 №6 小説「津軽」の像 記念館

 昼食を終え腹を満たした私は、小泊で是が非でも訪れたい、いや訪れなければいけない場所があった。それは太宰とたけの銅像である。

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 付近には案内版もあったり、道に迷う事はないので安心できる。しかし、如何せん時間がないので急ぎ足で向かいます。

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 『小説「津軽」の像 記念館』に到着。本当に天気が良くて清々しい気持になる。

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 太宰とたけにご対面。横には文学碑がある。
 文学碑には、前回まで書いた『津軽』のたけと再会したときの内容と被るので割愛します。※太宰治作「津軽」より 選文 小野正文  書 津島園子

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 『平和とは、こんな気持の事を言うのであろうか。』(以下津軽より)
 銅像を見ていると、ほんとうにこの声が聞こえてきそう…。穏やかな顔できちんと正座して運動会を見つめるたけと、少し照れ臭そうに右足を投げ出して、うつむき加減で視線を下にして、『…この時、生れて初めて心の平和を体験した』太宰。

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たけの頬は、やっぱり赤くて、そうして、右の眼蓋の上には、小さいけし粒ほどの赤いほくろが、ちゃんとある。髪には白髪もまじっているが、でも、いま私のわきにきちんと坐っているたけは、私の幼い頃の思い出のたけと、少しも変っていない。
 (中略)
 私も、いつまでも黙っていた、しばらく経ってたけは、まっすぐ運動会を見ながら、肩に波を打たせて深い長い溜息をもらした。たけも平気ではないのだな、と私にはその時はじめてわかった。でも、やはり黙っていた。
 たけは、ふと気がついたようにして、
 「何か、たべないか」と私に言った。
 「要らない」と答えた。本当に、何も食べたくなかった。
 「餅があるよ」たけは、小屋の隅に片づけられてある重箱に手をかけた。
 「いいんだ。食いたくないんだ」
 たけは軽く首肯いてそれ以上すすめようともせず、
 「餅のほうでないんだものな」と小声で言って微笑んだ。三十年ちかく互いに消息が無くても、私の酒飲みをちゃんと察しているようである。不思議なものだ。私がにやにやしていたら、たけは眉をひそめ、
 「たばこも飲むのう。さっきから、立てつづけにふかしている。たけは、お前に本を読む事だば教えたけれども、たばこだの酒だのは、教えねきゃのう」と言った。油断大敵のれいである。私は笑いを収めた。

 2人の会話が聞こえてくるようだ。

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 2人の銅像は、当時実際に運動会を行っていた運動場の方角を向いている。現在は小中一貫校となった『こどまり学園』があり、その奥にグランド。(前回記事参照)

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 『小説「津軽」の像 記念館』には、たけと太宰の出会い、生涯について、写真や思い出の品、パネルなどで紹介してありました。また映像音声コーナーでは、たけやたけの娘節の貴重な音声を聞くことができます。太宰の声を再現した合成音声も聞くことができ、聞きたいような、聞かないほうがいいような、少し躊躇いながらもも聞いてみると、「……?」と感じました。太宰ってこんな声だったのかな…、と思わずにはいられない、想像とは違う声でした。実際の声とは全然違うとおもいますが、興味がある方は聞いてみると面白いかもしれません。
 館内には、他にも太宰とたけの名場面である掛小屋を再現した模型やビデオシアターもありました。

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 タケの言葉集という冊子(全7冊)はおそらくここでしか購入できないと思って、全部まとめて購入しました。読んでいると、たけの生き方や考えかたが伝わってきます。勇気を貰える言葉もありました。たけが、もう少し長く太宰のもとに居て教育してあげていたら、またはもっと早くたけと再会して、色々な言葉や考え方を聞いていたら…もしかしたら悲惨な死を遂げずに…などと考えてしまう。

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 館内はそれほど広くありませんでした。
 というのも、
 『小説「津軽」の像 記念館』とはなかなか不思議な名前の記念館ですが、銅像と記念館は同時に建てられたわけではありません。
 もともと記念館を建てる予定はなく、銅像だけだったそうですが、太宰やたけを慕って訪れる人が多くいたため、後から記念館ができたとのことです。そのためこのような奇妙な名前の記念館となりました。(ちなみに入館料一般200円、安い!)
 太宰ファンや太宰の育ての親でもあるたけについて知りたい、興味があるという人は訪れてみてください。

 次回№7で『太宰治と小泊』の記事は終了予定です…。

by dazaiosamuh | 2025-07-18 12:10 | 太宰治 | Comments(0)