太宰治と甲府 №24『新ハムレット』を書いた東洋館跡

 だいぶ久しぶりの記事になります。太宰治と甲府の記事をもう一つだけ書こうと思っていながらすっかり忘れていました。

 太宰治は昭和14年(1939)1月に石原美知子と結婚し、甲府で新婚生活を送るが同年9月には東京の三鷹へ引越す。太宰治はその後、度々甲府を訪れているが、昭和16年4月に甲府市錦町の東洋館という温泉旅館に井伏鱒二と滞在している。そしてここで書き途中であった長編小説『新ハムレット』を執筆している。

 この東洋館も前回の甲府の記事で書いた『梅ヶ枝旅館』と同じく、旅館明治の館内にある太宰治資料室で太宰ゆかりの地の住所が書かれたボードにその住所と場所が記載されていた。
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 東洋館は当時甲府市錦町18番地(現・甲府市中央1‐6‐3)に温泉旅館として営業していた。太宰治はここに来る前に、同年2月19日に静岡県清水市の『三保松原の突端、白い燈台の下の宿屋三保園』においても『新ハムレット』の執筆に取り組んでいる。
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 現在の東洋館跡。全く面影はないが、よくよく見ると…
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 英文字で『TOYOKAN』とある。さらに…
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 建物の中にも『東洋館ビルご案内』とあり、建物は無くなったが『東洋館』の名前だけは今でも残っているようだ。
 ちなみに、太宰は甲府市錦町東洋館内を住所として昭和16年4月9日の消印で山岸外史に葉書を送っており、『甲府では、どうも酒を飲む機会も多く、仕事が思ふやうに、はかどりません。甚だ心細く、淋しい気持であります。』と記している。
 太宰の師である井伏鱒二にとって山梨は馴染みの場所で、また太宰は甲府にいるとき井伏と共にすることが多かった。井伏は交友関係も豊かで、それもあり山梨の文化人たちともよく酒を飲む機会も多かったというから、酒好きの太宰が仕事がはかどらなかったとするのも無理はない。

 長くだらだらと続いてしまったが、太宰治と甲府の記事は一応はこれで終わりとなります。しかし、山梨、甲府におけるゆかりの地はまだまだあるので、引き続き調べてまた自分の足で歩いて記事にしたいと思います。ひとまずは、太宰の甲府におけるゆかりの地は大まかではあるが、記事に出来たと思います。


by dazaiosamuh | 2018-10-25 13:53 | 太宰治 | Comments(0)