太宰治名作『富嶽百景』の富士山を登ってみた!! ①五合目~八合目

 先月の8月30日に富士山を登りに行った。今まで富士山はおろか登山自体ほとんど経験がなく、記憶にあるのは小学生のころに故郷の岩手山を学校の行事でいやいやながら登ったことぐらいである。太宰治の名作『富嶽百景』で『富士には、月見草がよく似合う』という名言が登場し、太宰文学作品のなかでもこの作品は非常に評価が高く、太宰を代表する作品の一つだ。そんな名作の主役と言える富士山を、いつかは私も登ってみたいと密かに思っていたところ、偶然、会社の同僚から富士登山に誘われ、その機会を得たのでした。

富士の頂角、広重の富士は八十五度、文晁の富士も八十四度くらい、けれども、陸軍の実測図によって東西及南北に断面図を作ってみると、東西横断は頂角、百二十四度となり、南北は百十七度である。広重、文晁に限らず、たいていの絵の富士は、鋭角である。いただきが、細く、高く、華奢である。北斎にいたっては、その頂角、ほとんど三十度くらい、エッフェル鉄塔のような富士をさえ描いている。けれども、実際の富士は、鈍角も鈍角、のろくさと拡がり、東西、百二十四度、南北は百十七度、決して、秀抜の、すらと高い山ではない。たとえば私が、印度かどこかの国から、突然、鷲にさらわれ、すとんと日本の沼津あたりの海岸に落とされて、ふと、この山を見つけても、そんなに驚嘆しないだろう。ニッポンのフジヤマを、あらかじめ憧れているからこそ、ワンダフルなのであって、そうでなくて、そのような俗な宣伝を、一さい知らず、素朴な、純粋の、うつろな心に、果して、それだけ訴え得るか、そのことになると、多少、心細い山である。低い。裾のひろがっている割に、低い。あれくらいの裾を持っている山ならば、少なくとも、もう一・五倍、高くなければいけない。
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『富嶽百景』の冒頭は、富士の頂角におけるそれぞれの数字を列記し、それを実際の数字を提示して広重や文晁、北斎の鋭角な富士に対して『鈍角も鈍角』と言い、富士の裾の拡がり具合をみて『少くとも、もう一・五倍、高くなければいけない』と指摘している。また、富士山を一切知らぬ者が富士山を目にしたときに、その純な心に、どれだけ訴え得るかということに対して、『多少、心細い山である』と批評している。さらにその後、東京のアパートから見た時の富士のことを『クリスマスの飾り菓子』と言ったり、御坂峠の天下茶屋から見た富士を、初めは『軽蔑さえ』し、『ひとめ見て、狼狽し、顔を赤らめ』、『これは、まるで、風呂屋のペンキ画だ。芝居の書割だ。どうにも註文どおりの景色で、私は、恥ずかしくてならなかった』とまで言い切っている。

 最終的には主人公にとって、『よくやってる富士』『偉い富士』『ありがたい富士』となんとも頼もしい存在となる富士ですが、さて、富士山を鑑賞するだけでなく、実際に登って見るとどんなものなのか、富士は高い! 頼もしい! ありがい! と思えるのか、もしくは、なんだ、大したことないじゃないか、ご来光? それがどうした、となるのか。今回、富士登山ははじめてということで主観的な視点ばかりになるが、太宰が残した名作の舞台である富士山登頂の紀行文を書いていきます。
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 会社の同僚7人(8人の予定だったが、腰痛により一人はリタイア)でツアーバスに揺られて東京から五合目まで行き、身体を気候に慣らすのも兼ねながら出発前の1時間は、身支度、お昼休憩となり、ガイドを先頭に登山がスタート。7人のうち6人は、装備はほとんどフルレンタルで、リュック、トレッキングポール、トレッキングブーツ、レインウェア上下、ヘッドライトを借りる。

 最初は、それぞれ雑談したり五合目からの景色を眺めながら悠々と歩きはじめる。歩いているとガイドの男性が「下山してくる登山者の人たちの顔をよく見てください。どうですか? みな笑顔がないでしょう。それだけ体力を消耗し、疲れて帰って来るのです。」
 なんて恐ろしいことを言うのだ。ビビらせるつもりなのか。次の日は自分たちもこのルートを下山してくるのだ。果たして笑顔で戻ってくることはできるのか。下手したら体調を悪くし、山頂に到達できずに下山するはめになるかもしれない、そんなことを考えながら景色を眺めつつどんどん進んでいきます。ゆっくり歩きますので、とガイドは言っていたが、慣れないズシリと肩に響く思い登山リュックを背負っていることもあってか思っていた以上にペースが早く感じる。
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 たしか出発したのは昼12時を少し過ぎたくらいであった。出発から約1時間半後の写真。数十分おきに休憩を入れ、水分補給や持参したナッツやチョコなどを口に放り込み、適度に栄養を補給。ここまではメンバー7人(男性6人、女性1人)距離も離れることなく足取りは軽い。しかし…。
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 出発から約2時間半後。メンバ―の歩く距離間が徐々に拡がって来る。7人のうち1人だけ遅れだす。本人は大丈夫だとは言っているが、明らかに荷物が多いのだ。たいていリュックを一つだけ背負って登るものだと思うが、彼はリュックにビニール製の袋が結わえ付けてあり(しかもそれもなかなかな重量)、さらにショルダーバックまで持ってきている。リュックに入っている水の量はなんと5リットル! 持ち過ぎだ。私の2倍じゃないか。体力の消耗は他の人より多いはずだ。
 そしてさらに、もう一人の息が荒くなってきてペースダウンが始まる。股関節の痛みに耐えながらとなる。彼は服装が良くなかった。サバイバルゲームで使っている安価な上下迷彩柄の通気性の悪い服装で、しかも速乾性も皆無。挙句の果てにズボンを2枚重ねで穿いている。いくら何でも富士山を舐め過ぎだ。
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 出発から約3時間半後の景色。雲より高い場所にいるというのは実に気持ちの良いものだ。空が近い。思わず青空に向かって手を伸ばしたくなる。休憩時間、たとえ数分の時間でも景色を眺めていると疲れが取れる。もっと雄大な景色がみたい!! 頂上から見たい眺めたい!! これが登る原動力にもなる。それにしても、自分たちは一体地上から何メートルの高さにいるのか、何合目のどのあたりなのか、何も考え無しに雑談ばかり喋って登って来たので、写真が地上から何メートルなのか記事を書いている私自身よくわからない。ほかの山は分からないが、ゴツゴツした岩を登らなくてはいけない箇所もなんどもあり、足腰への負担が思っていた以上で、平気で登る年配者や子供が信じられなかった。足をぶつけた時、トレッキングブーツを借りて良かったと思いながら登っていると、普段靴で登る人たちもかなり多く見受けられ、挙句の果てにジーパンで登っている人までいた。普段靴は外国人に多く、やはり海外からすれば、富士山は低く見られ、舐められているのだろうなと、疲れている自分にとっては、なんだか悔しいやら悲しいやら変な感情が込み上げてきた。
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 出発から約4時間半後。途中、同じツアーで一緒に登ってきた、金髪の外国人男性と日本人女性のカップルが残念ながらリタイアする。このカップルは登山中、暇さえあればキスばかりしていた。私たち7人のすぐ目の前を歩いていたためどうにも不愉快でしょうがなかった。女性の方が体調を悪くしたようであったが、愛の力だけでは登れないのが富士山であることを証明し、また実感した。それにしても、空の風景写真ばかり撮って、山を登っている写真や崖の写真などは取り忘れてしまった。似たような写真ばかりで読者には申し訳ない。
 太宰治は『富嶽百景』で富士山のことを『鈍角も鈍角』『裾の拡がっている割に低い』と言っていたが、たしかに海外の山などに比べたら富士山は低く、鈍角かもしれない、しかし、いざ登って見ると過酷。私が登山自体はじめてだからというのもあるかもしれないが、登って見ると、低いなどとばかにできない。『なんのことはない、クリスマスの飾り菓子だ』などとは口が裂けても言えない。このころにはメンバーも口数が減ってきており、メンバーの還暦を過ぎた女性は途中で若干の吐気に襲われ、さきほどキスカップルを一緒に不快に思っていた別の同僚男性も高山病なのか軽度の頭痛を発症している。この同僚男性は、前日、仕事で夜遅くまで働き、睡眠をほとんど取らないできた。寝不足での富士登山は危険極まりない。翌日、山頂まで行けるのか心配であった。それにしても、別のツアーグループは、ガイドがここは何合目です、このような姿勢で休憩ですると体に負担がありません、ここからはこのような服装がおススメです、などと一生懸命に説明しているが、私たちのツアーグループのガイドは、何ら説明もアドバイスも無かった。ほぼ無言で登っていた。こういうのもガイドの人柄などによるのだろう。それとも安いツアーで申し込んだからなのか……。そんなわけないか。
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 出発から約5時間半後の17時半前に8合目あたりの宿泊予定の山小屋・白雲荘にメンバー全員が一応無事に到着。ガイドは今日の風は温かいと言っていたが、結構寒い。寒さのあまり宿泊した山小屋の写真を撮るのを忘れました。山小屋からの景色も疲れて撮り忘れ、しかも山小屋のスタッフから早く山小屋に入り夕飯を食べるように催促され、慌ただしく出されたカレーライスを食べました。明日の朝用のいなり寿司と缶のお茶を渡され、一緒に登ってきたガイドのおじさんが「明日は、0時半起床で、午前1時に出発しますので。それでは明日。」と言い早々に姿を消しました。何ともあっさりしています。横では別のツアーガイドが、「明日、いよいよ山頂へ行きますが、非常に寒いです。私はニット帽にネックウォーマー、それから下着にヒートテック…、山頂には豚汁などの販売もあり…、御朱印をする方は…』等々云々と、自分の率いる登山客に熱心に色々とアドバイスをしていました。

 夕飯を食べ終え荷物を置いた寝床へ向かうも、疲れて着替える気も歯を磨く気も起らず、時計を見るとすでに18時半を過ぎており、6時間後には起きなければいけず、メンバー7人、さっさと耳栓とアイマスクをして蒲団に入りましたが、あまりの狭さとカビ臭さには甚だ閉口しました。ここも写真を撮り忘れましたが、寝床は2段になっており、横の間隔が非常に狭く、しかも蒲団は二人に一つであった。私の横は知らないおじさんで、いびきもうるさく、耳栓をしても効果は薄かったが、疲れているのもあり、いつのまにか眠りに入ってました。

 5合目からこの山小屋まで約5時間半近くかかった。これほど疲れるとは思っていなかった。しかし、水を2,5リットル持って行ったが、トイレに行きたくなるのを恐れて1リットルしか飲まなかった。少なすぎたかもしれない。もう少ししっかり飲んでいれば、疲れも違かったように思う。

 本当はメンバー7人全員で山頂での御来光を見たかったが、すでに2人が翌日の山頂行きは断念している。
 翌日は暗闇での登山となる。ヘッドライトの頼りない灯で登らなければならない。寒さも酷いだろう、気を引き締めて挑まなくてはならない。果たして、無事に御来光を拝むことができるのか。

 次回に続きます。


by dazaiosamuh | 2018-09-01 22:54 | 太宰治 | Comments(0)