太宰治と甲府 №19 『新樹の言葉』と松林軒

 太宰治が甲府を舞台に書いた作品には他にも『新樹の言葉』があり、昭和14年3月上旬から中旬にかけて脱稿した短編作品で、幼少時代の懐かしい記憶(乳母、子守タケとの記憶)から生まれた、甲府を舞台にした架空の物語で、『黄金風景』に近いものがあり、似た印象を受ける。

眼をあげると、大丸デパアトの五階建の窓窓がきらきら華やかに灯っている。もう、この辺は、桜町である。甲府で一ばん賑やかな通りで、土地の人は、甲府銀座と呼んでいる。東京の道玄坂を小綺麗に整頓したような街である。路の両側をぞろぞろ流れて通る人たちも、のんきそうで、そうして、どこかハイカラである。植木の露店には、もう躑躅(つつじ)が出ている。
 デパアトに沿って右に曲折すると、柳町である。ここは、ひっそりしている。けれども両側の家家は、すべて黒ずんだ老舗である。甲府では、最も品格の高い街であろう。』(新樹の言葉)

 上記の文中にある『大丸デパアト』というのは、どうやら当時の甲府における高層の大店舗であった、松林軒百貨店ビルのことらしい。
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 当時、松林軒百貨店は地上6階、地下1階の県内初の大型百貨店で、昭和12年に開業した。しかし、昭和20年7月の甲府空襲により外観を残して焼失した。その後、甲府会館として利用されたりなどしたが、現在は写真の通り、ホテル・ドーミーインとなっている。
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 しかし、現在はホテルとなっているが、その一角には商店街に面して松林軒の菓子店が営業している。

『新樹の言葉』の冒頭部分で、甲府のことを、『沼の底、なぞというと、甲府もなんだか陰気なまちのように思われるだろうが、事実は、派手に、小さく、活気のあるまちである。よく人は、甲府を、「擂鉢の底」と評しているが、当っていない。甲府は、もっとハイカラである。シルクハットを倒(さか)さまにして、その帽子の底に、小さい小さい旗を立てた、それが甲府だと思えば、間違いない。きれに文化の、しみとおっているまちである。』と書いているが、『シルクハットを倒さまにして、その帽子の底に、小さい小さい旗を立てた』という表現は実に見事で高いセンスを感じずには入られない。

 この『新樹の言葉』をもとに引き続き記事を書いていきます。


by dazaiosamuh | 2018-06-03 21:11 | 太宰治 | Comments(0)