太宰治と深浦町 №4 家族への葉書を求めに郵便局へ

 太宰治は深浦の円覚寺におまいりし、深浦を引きあげようかと悩んだ。東京へ残した妻子のことなどを、ふっと思い出してしまったのだ。
私は立ち上って町の郵便局へ行き、葉書を一枚買って、東京の留守宅へ短いたよりを認めた。子供は百日咳をやっているのである。そうして、その母は、二番目の子供を近く生むのである。

 太宰の子煩悩な一面がうかがえる。太宰がこの日、木造から深浦へと訪れたのは昭和19年5月25日のことであったが、実は翌年の昭和20年7月30日には、妻子を連れて再び深浦へと来ている。
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 太宰が葉書を買い求めた郵便局。建物は建て直されているが、太宰が訪れた当時からこの場所であったようだ。
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 郵便局のほんの少し先に深浦文学館がある。そこは太宰が1人で訪れた昭和19年5月25日と妻子を連れてきた昭和20年7月30日に2度宿泊した秋田屋旅館で、現在は深浦文学館として活用されている。深浦文学館に、当時郵便局で働いていた花松フサという女性のインタビュー映像を見ることができるのだが、太宰が郵便局に葉書を買い求めた時、この女性が売ったという。せっかくインタビュー映像を見たのに、内容を覚えていない…。まさか葉書を売った女性が太宰のことを覚えていて、しかもインタビュー映像が見られるとは思っていなかったためメモも取れなかった…。もう一度見ようかと思ったが、如何せん滞在時間があまりなかったのであきらめて文学館を出ました。今思えばもう一度ちゃんと見てメモを取っておけばよかった…。いつになるか分からないがあとでまた必ず深浦文学館を訪ねようと思います。


by dazaiosamuh | 2017-10-04 11:24 | 太宰治 | Comments(0)