田部あつみと東京 №14 太宰治と新橋で待ち合わせ

次の日、二日まえに兄を見送ったばかりの新橋駅の西口に、紺に縞柄の和服姿の田部あつみが人待ち顔に立っていた。その前夜、修治と約束した待ち合わせの場所だったのである。』(太宰治 七里ヶ浜心中)
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 現在の新橋駅西口。写真はすべて去年7月に撮ったものです。普段新橋へは来ないのですが、いつもテレビでSLを背景にサラリーマンなどがインタビューされているのが印象的です。
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すこし遅れて現われた修治の顔は蒼白だった。駅前の”大和田„に入ったが、昼食時と重なり店内はかなりの混みかたであった。時間がかかりそうなので注文しないまま出てきてしまった。

 この大和田とはどうやらうなぎ屋さんのようです。その大和田の公式サイトを見ると、『大和田と新橋は昭和2年からのおつき合い』とのこと。太宰と田部あつみが出会ったのは昭和5年なので、すでに大和田はありました。『当時の店舗の場所は現在のSL広場の有楽町側 ”マツモトキヨシ”がある辺り』だったそうだ。 『戦争中の強制疎開により取り壊されて、戦後は現在SL前、LABI新橋デジタル館の正面口のところに移転しました。平成9年5月新橋駅前再開発に協力するため現在の場所に移転
 大和田の前まで来て、お腹も空いていたのでお店に入ろうとしたら、かなり混んでいたので辞めました。鰻重は大好きですが、並んでまで食事をすることに対して億劫がる質なのです。うなぎと言えば、国分寺の太宰ゆかりの若松屋を思い出します。最近訪れていないので新年も迎えたことだしそろそろ行こうと思っています。
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大和田„の裏の鳥森神社の静寂な境内を通り抜けて、老舗”にん仙„のすぐ近くの喫茶店にはいった。席に座っても修治はまだ黙したまま。あつみもなかなか要件を切り出せない。(中略)ふと歌舞伎座へ行ってみたくなって、修治を誘った。兄の武雄が出発の間ぎわまで、観劇したばかりの菊五郎や羽左衛門の話に夢中だったのを、そのとき思い出したからである。

 鳥森神社は現在も場所は変わっていないようです。こちらもホームページから抜粋させてもらう。
平安時代の天慶3年(940年)に、東国で平将門が乱を起こした時、むかで退治で有名な鎮守将軍藤原秀郷(俵藤太)が、武州のある稲荷に戦勝を祈願したところ、白狐がやってきて白羽の矢を与えた。その矢を持ってすみやかに東夷を鎮めることができたので、秀郷はお礼に一社を勧請しようとしたところ、夢に白狐が現れて、神鳥の群がる所が霊地だと告げた。そこで桜田村の森まできたところ、夢想のごとく烏が群がっていたので、そこに社頭を造営した。それが、烏森稲荷の起こりである。
 鳥森神社は、明治6年までは鳥森稲荷社であったが、以後現在の鳥森神社と社名を改名している。

 訪れたときは静寂どころか賑わっていました。手を合わせる人だけでなくくじ引きする人も多くいました。私もついでに手を合わせて、『偉くなれますように』と身勝手なお願い事をひそかに念じました。東京はその立地からビルなどに囲まれた場所に寺や神社がポツンとありますが、上京してきたばかりの頃は、違和感がとてもありました。最近はそのような光景を見ても違和感は多少なりとも感じても気にはならなくなりました。
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 『老舗”にん仙„』というのは煙草屋のことだと思います。私が訪れたときは定休日でした。それにしても変な名前ですね。名前だけ聞くと何のことやら。その老舗”にん仙„のすぐ近くの喫茶店というのは現在では分かりません。

 この訪れた日は7月末で非常に暑く、歩くのが嫌になってさっさと家に帰った記憶があります。それ以来一度も新橋へ行っていないので、今年こそは大和田へ鰻重を食べに行こうと思います。


Commented by 新橋にん仙本店オーナー at 2017-04-02 01:21 x
はじめまして、新橋にん仙本店オーナーの大瀧と申します。太宰治さんの、記事でうちが出てきてビックリいたしました。変に前確かに、今はわかりませんね。もともとは、明治7年創業の造花屋でした。江戸時代は、人形屋でして、人形屋の仙太郎から、にん仙という、屋号になりました。私が子供の頃は、烏森にも沢山の喫茶店がありましたが、今は、ありません。同じ通りにレイノもか、オリエント、リュウシエンなどありました私のおじが太宰治の研究家の長篠と、言います。亡くなりましたが南冊か本も出しております。私自身も大学の卒論研究は太宰治でした。おじと、鎌倉、船橋、水上と回って関係者の皆様にお会い出来た事を懐かしく思い出しました。
Commented by dazaiosamuh at 2017-04-02 21:07
> 新橋にん仙本店オーナー・大瀧さん、はじめましてこんにちは。大瀧さんのおじが、あの太宰治研究家の長篠康一郎さんなのですか?! 驚きです! 私は太宰治の聖地めぐりをするにあたり、長篠さんの著書をかなり参考にさせてもらいました。鎌倉、船橋、水上、京都、青森、三鷹etc…、さらに田部あつみの故郷・広島など、長篠さんの研究著書なくして聖地めぐりはできません。しかもその長篠さんと現地をまわって関係者にお会いしたとのこと、羨ましい限りです。
あとでそちらの、にん仙本店にお伺いさせていただきます。
Commented by 大瀧 at 2017-04-10 20:22 x
おじの本を読んでくださってありがとうございます。ひどい誤変換をしておりました。すいません。私は毎日お店にいませんが、ご連絡頂ければ、いるようにします。卒論の際の写真などもありますよ。船橋で実際に太宰に薬を売っていた薬剤師さん、鎌倉の病院の院長夫人、水上の旅館の女将さん、おじに紹介してもらったものです。お陰で卒論は二百枚超えの、分厚さになりました。水上では歩きながら、この角を曲がると街が見えないとか、マムシのいる山の中を歩いて、小説との違いを教えてもらいました。懐かしいです。
Commented by dazaiosamuh at 2017-04-13 19:34
> 大瀧さん、こんにちは。ぜひ写真を拝見させていただきたいです!!今少し忙しいので、後ほど連絡させていただきます。思い出話など聞かせてください。よろしくお願いします。
by dazaiosamuh | 2017-01-03 21:23 | 太宰治 | Comments(4)