田部あつみと東京 №13 あつみの兄・武雄と再会

 あつみと順三が東京へ来てまもなく、広島にいる次兄・武雄から上京するという知らせがあつみの許へ届いた。
跳びあがってよろこんだあつみは、さっそく歓迎のプランをあれこれと考えた。思いがけず、もうすぐ兄に逢えると思うと、嬉しくて眠れぬほどであった。翌る日、美容院によって髪をセットしてもらい、それから銀座のスタジオで、新しくこしらえた縞柄の着物で半身像の写真を撮った。』(太宰治 七里ヶ浜心中)

 東京駅で武雄を出迎えたあつみは、すぐに駈け寄り抱きついた。大粒の涙を流していた。よほど嬉しかったのだ。そしてあつみと順三はさっそく武雄をタクシーに乗せ、丸山定夫の芝居を観に市村座へ案内したのであった。観に行ったのはそのとき市村座で公演していた新築地劇団第十七回公演の『反響』であった。

 芝居を観たあとは銀座に出て、『銀座から新橋、田村町と来て右に折れ、日比谷図書館の脇を通って、露地を入った三軒目に、順三たちが間借りしている鈴村の二階家がある。ふたりはその二階を又借りしているわけだが、武雄には広島の家の造りとくらべて、なんだか屋根裏みたいに思えてならなかった。
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 屋根裏みたい…とはどんな部屋だったのでしょうか。やはり場所が場所だけに家賃も高く、相応の物件だったのでしょうか。写真は日比谷図書文化館です。

内幸町というところは、日比谷公会堂や図書館がすぐ隣にあるので、なにかと便利で好都合であった。朝食をすませたあと、順三に案内されて、新聞を読みに図書館へ出掛けた。その日の東京の各新聞のほかに、発行日はすこし古いが全国の地方新聞が取り揃えてあって、それらに眼を通すだけでも興味がつきない。図書館に隣接している日比谷公会堂では、時局講演会やらさまざまな催し物が、昼の部と夜の部に分かれて毎日催されていた。
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 現在、テレビやネットの普及により活字を読む機会が非常に減っている。そういったものが無かった当時は情報を手に入れるうえでも非常に重要であった。私も普段、ネットに頼ってばかりだ。活字に少しでも触れるようにしたいが甘えてしまう。
 日比谷図書文化館は、1908年(明治41年)に東京市立日比谷図書館として開館しました。1923年(大正12年)の関東大震災では倒壊は免れるが、1945年(昭和20年)5月25日の空襲で全焼している。その後、別の場所にて再開し、1957年(昭和32年)に現在の施設が完成した。当初は3階建てであったが、1961年(昭和36年)に4階部分を増築した。
 さらにその後、千代田区への移管問題などや改修工事を経て、2011年に新名称『日比谷図書文化館』として開館した。

二十四日、武雄にとっての東京最後の日である。きょう一日を有効に使いたい、そう思った武雄は、歌舞伎座で忠臣蔵を昼夜通しで見物することを考えていた。朝食後支度を整えていると、あつみが急に思い出したように、「兄さんに渡しておきたいものがある」そう言ったか言わないうちに、表へ飛び出していった。まもなく戻ってきたが、銀座までタクシーで往復してきたのだという。妹がどうしても兄に手渡しておきたかったもの、それは、銀座の写真館で撮影した和服姿のあつみ自身の肖像であった。

 東京に出て苦労し、なかなか着飾ることもままならなかったあつみは、兄の武雄に少しでも良い思い出に残ってもらいたくて、和服姿で着飾った姿を写真にし、自分のことを思い出してほしいと、女心に思ったのかもしれない。

 そしていよいよ武雄の帰る時刻がせまったとき、あつみは握った手をなかなか離そうとせず、『お母さんにお土産の一つも買ってあげられなくて…。月末まで兄さんが居てくれたら、お店で立替えているお金もはいるし、お母さんに何でも買ってあげられたのに…』と言って別れを惜しんだそうだ。このときのあつみの印象が武雄にひどく記憶に残る。

 その翌日、順三が広島に帰りたいと言い出したことをきっかけに口論となり、順三は家を出て行ってしまう。そして夜も帰って来ることはなかった。あつみは一人、寂しい思いをして夜を過ごした。

『太宰治 七里ヶ浜心中』著書の長篠康一郎は、あつみの兄・武雄を直接取材している。あつみが広島に居たときや上京しあつみの様子を見た時の印象をもとに書かれているのであろう、非常に説得力がある。しかし、読んでいて胸が苦しくなることがある。あつみの死が太宰の人生、文学に大きな影響を与えたことは確かだが、太宰と出会わなければ良かったのにと思ってしまう。あつみの両親、兄弟の気持を考えれば、あつみの肩を持ちたくなる。太宰の小説が好きなだけに複雑な気持ちになる。

 今日はクリスマスイブだ。空の上でおいしいケーキでも食べているかもしれない。

by dazaiosamuh | 2016-12-24 15:41 | 太宰治 | Comments(0)