太宰治も親しんだゴッホの絵画

 数日前、上野公園にある東京都美術館へ行ってきた。『ゴッホとゴーギャン展』を観るためである。期間が10月8日から始まっていたが、今月12月18日までということで、本当はもっと早く行きたかったがなんだかんだと時間が過ぎて行き、急いで観に行ったのであった。
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 私がゴッホに興味をもったのは、私自身が絵画鑑賞に興味があったのと、太宰が小さい頃から絵画に親しみ、そして太宰を好きになったきっかけである『人間失格』の中にも登場するからである。
 そんな時、東京都美術館で『ゴッホとゴーギャン展』が催されることになり、つい先日行ったのでした。

お化けの絵だよ」
 いつか竹一が、自分の二階へ遊びに来た時、ご持参の、一枚の原色版の口絵を得意そうに自分に見せて、そう説明しました。
 おや? と思いました。その瞬間、自分の落ち行く道が決定せられたように、後年に到って、そんな気がしてなりません。自分は、知っていました。それは、ゴッホの例の自画像に過ぎないのを知っていました。自分たちの少年の頃には、日本ではフランスの所謂印象派の画が大流行していて、洋画鑑賞の第一歩を、たいていこのあたりからはじめたもので、ゴッホ、ゴーギャン、セザンヌ、ルナアルなどというひとの絵は、田舎の中学生でも、たいていその写真版を見て知っていたのでした。
 自分なども、ゴッホの原色版をかなりたくさん見て、タッチの面白さ、色彩の鮮やかさに興趣を覚えてはいたのですが、しかし、お化けの絵、だとは、いちども考えた事が無かったのでした。』(人間失格)
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 それにしても館内は非常に混雑していました。行列でした。ゆっくり眺めるということができませんでした。立ち止まって見入っていると、館内が薄暗いこともあって何度か後ろからぶつかられました。
 私は中学生時代に教科書に載っていた写真をみたことがあるだけであって、ゴッホ、ゴーギャンの実物の絵画を観るのは初めてのことでした。そしてゴッホが日本に強い憧れをもっていたなんて、まったく知りませんでした。公式図録から一部抜粋します。
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1886年から2年間のパリ滞在中、ファン・ゴッホは日本美術と出会い、浮世絵を収集し始める。それらのコレクションを通して、日本美術の特徴を学び、そして遠い国日本をユートピアとみなして憧れを抱くようになる。ついにはアルルに日本を重ね、「この冬、パリからアルルに向かう旅行中に抱いた感情を、ぼくはまだ記憶している。「ここはもうそれだけで日本のようだ」と目を見張った」と、アルルにやってくる決意をしたゴーギャンに語るほどであった。
 テオ宛の手紙の中でファン・ゴッホは「日本の美術を研究すると、明らかに賢く哲学的で、知的な人物に出会う。その人は何をして時を過ごしているのだろうか。(中略)その人はただ1本の草の芽を研究しているのだ。しかし、この草の芽がやがて彼にあらゆる植物を、ついて四季を、自然の大景観を、最後の動物、そして人物像を描かせるようになる」と述べているように、日本美術を通して学んだ、小さな自然の断片に真理を見出そうとする姿勢が本作にも通底している。

 日本をユートピアとみなし憧れを抱いていたファン・ゴッホ。なぜだか急にゴッホに親近感と愛着が湧いてしまったのは私だけだろうか。ぜひ日本に来て絵を描いてもらいたかったですね。

 主人公の葉蔵は、竹一に裸婦の像の画集を見せる。竹一はそれを『地獄の馬みたい』と感嘆する。
あまりに人間を恐怖している人たちは、かえって、もっともっと、おそろしい妖怪を確実にこの眼で見たいと願望するに至る心理、神経質な、ものにおびえ易い人ほど、暴風雨の更に強からん事を祈る心理、ああ、この一群の画家たちは、人間という化け物に傷めつけられ、おびやかされた揚句の果、ついに幻影を信じ、白昼の自然の中に、ありありと妖怪を見たのだ、しかも彼等は、それを道化などでごまかさず、見えたままの表現に努力したのだ、竹一の言うように、敢然と「お化けの絵」をかいてしまったのだ、ここに将来の自分の、仲間がいる、と自分は、涙が出たほどに興奮し、
「僕も画くよ。お化けの絵を画くよ。地獄の馬を、画くよ」
 と、なぜだか、ひどく声をひそめて、竹一に言ったのでした。』(人間失格)

 ゴッホやゴーギャンなどの画家たちの絵を小さい頃から見てきた、太宰なりの見解なのでしょうか。太宰自身も1947年(昭和22年)頃に桜井浜江のアトリエで自画像を描いている。とても上手で私のような素人には真似できません。太宰の自画像は書籍などにも載っているのでみることができます。
 芸術的な観点からすれば、太宰はゴッホやゴーギャンなどに相通ずる部分があったのかもしれませんね。

Commented by desire_san at 2016-12-19 22:00
こんにちは、
太宰治の「人間失格」でゴッホの事をいろいろ書いてあることは初めて知りました。を興味深く読ませていただきました。ゴッホが「日本の美術を研究すると、明らかに賢く哲学的で、知的な人物に出会う。」と考え、日本美術を通して学んだ、小さな自然の断片に真理を見出そうとしていたというお話は、日本美術愛好家の私も嬉しくなりました。さのほかいろいろ興味深いお話しを読ませていただき、大変勉強になりました。ありがとうございます。

私はゴッホとゴーギャンの共同生活にスポットを当てて、共同生活の生み出した成果と共同生活の破たんの原因についてレポートしてみました。 そこからゴッホ絵画の凄さを改めて考察してみました。読んでいただけると嬉しいです。ご意見・ご感想などコメントをいただけると感謝いたします。

Commented by dazaiosamuh at 2016-12-24 11:05
> desire_sanさん、はじめまして、こんにちは。コメントありがとうございます。遅くなってすみません。

 太宰好きがきっかけで『ゴッホとゴーギャン展』を観に行きましたが、美術に興味があっても無知であったため、二人が共同生活をしていたことも初めて知りました。 desire_sanさんは、日本美術愛好家とのこと、私もこれをきっかけに探究してみたいと思っています。 desire_sanさんのブログ、じっくりと拝見させていただきます。
by dazaiosamuh | 2016-12-16 13:23 | 太宰治 | Comments(2)