太宰治 『惜別』と松島 №1 松島遊覧船

とうとう或る二日つづきの休みを利用して、日本三景の一、松島遊覧を志した。』(惜別
『惜別』は、或る一老医師が書いた手記で、その老医師が若い頃、仙台医専に在学中に後に大文豪・魯迅となる周樹人と共に過ごした時の話が『私』によって語られる内容だ。

 先月、12月24日、25日を私は松島、仙台で過ごした。『惜別』で主人公『私』は松島遊覧船に乗り、松島湾を見物した。太宰が実際に遊覧船に乗ったかは定かではないが、私も松島遊覧船に乗って眺めてみたかったのだ。実は太宰が魯迅を調査しに仙台へやってきたのも、同じクリスマスの時期なのだ。太宰は昭和19年12月20日の夜、仙台へ向かい、21日の朝に仙台に到着。河北新報社や東北帝国大学医学部に行ったり、魯迅の下宿跡を調査したりなど資料、情報集めに努めた。そして12月25日の朝仙台を発ち、夜に帰宅した。
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 松島海岸駅です。『惜別』では塩釜から遊覧船に乗っていますが、私は最後に遊覧船でのんびり景色を見て帰りたかったので松島から塩釜へ向かうコースで乗りました。
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 私が乗ったのはたしか遊覧船『あすか』だったと思います。私は折角なので別料金を払ってグリーン席に乗ったのですが、見て分かる通り、私以外誰もいませんでした。貸し切り状態です。24日に乗ったので、カップルが多いのかなと思ったのですがガラガラでした。これはこれでラッキーですね。

塩釜の古びた安宿に泊まり、翌る朝、早く起きて松島遊覧の船に乗ったのであるが、その船には五、六人の合客があって、中にひとり私と同様に仙台医専の制服制帽の生徒がいた。鼻下に薄鬚を生やし、私より少し年上のように見えたが、でも、緑線を附けた医専の角帽はまだ新しく、帽子の徽章もまぶしいくらいにきらきら光って、たしかに今秋の新入生に違いなかった。
 しかし、『私』は不愉快でならなかった。理由は『私は船客の中の唯一の高潔な学徒として、大いに気取って、松島見物をしたかったのに、もうひとり、私と同じ制服制帽の生徒がいたのではなんにもならぬ。しかもその生徒は都会人らしく、あかぬけがしていて、どう見ても私より秀才らしいのだから実にしょげざるを得なかった』からだ。
 そして目が合えば卑屈な愛想笑いをし、松島を眺め楽しもうにも、どうにもその生徒が気になり、『芭蕉の所謂、「島々の数を尽して欹つものは天を指し、伏すものは波にはらばふ、あるは二重にかさなり三重にたたみて、左にわかれ、右に連る。負へるあり、抱けるあり、児孫を愛するが如し。松のみどり細やかに、枝葉汐風に吹きたわめて、屈曲おのづからためたる如し。…(略)」の絶景も、甚だ落ちつかぬ心地で眺め、船が雄島の岸に着くやいなや誰よりも先に砂浜に飛び降り、逃げるが如くすたこら山の方へ歩いて行って、やっとひとりになってほっとした。
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 グリーン席の料金を払うと、展望デッキに上ることもできる。船から撮った松島湾に浮かぶ小島。アナウンスの説明を聞いていると、松島のそれぞれの小島には名が付けられているようだ。果たして太宰は松島の景色を堪能したのでしょうか。5年前の津波により、形の変わってしまった島もあるようです。展望デッキにあがると思っていたほど松島の潮風は寒くはなかったが、風邪を引いてはつまらないのですぐに船内に戻りました。
『私』は、優秀らしい生徒と乗り合わせ惨めな思いをし、にわかに興が覚め、それならばと富山に登って、是非とも1人で心ゆくまで松島の全景を鳥瞰し、遊覧船での失敗を埋め合わせしようと思いつき、草を掻き分け苦労して山を登るも、道を間違え、しかも山の裏山に出てしまった。そこでうとうと居眠りしていると、どこからか小学唱歌が聞こえてくる。大人の声で、しかし、調子はずれで異様に下手くそなのであった。自身も歌の下手な『私』は妙な親近感を覚え、是非その主に会いたいと起き上がり、その所謂下手くそな歌声に吸い寄せられるように歩を進め、いざ御対面すると、先ほどの船で同乗した同じ医専の優秀らしい生徒なのであった。

 ここから『私』と周樹人はしだいに親しくなっていくのであった。
 №2へ続く。


Commented by tarukosatoko at 2016-01-23 12:36
こういう旅、最高ですね。松島の写真、風情があります。がらがらの遊覧船、乗ってみたいものです。松島は行ったことがあります。イロワケイルカというイルカのいる水族館がありました。
Commented by dazaiosamuh at 2016-01-23 20:28
> tarukosatokoさん、私も水族館に行こうと思ったのですが、時間の都合上、断念しました。
地元の人たちから、松島は廃れてきている…、観光客が減ってきている…などの話を聞きました。ちょっと寂しいですね。伊達政宗だけでなく、太宰治ゆかりの地だということもアピールすれば、少しは観光客を呼び戻せるのではないでしょうか。贔屓目もありますが…。
by dazaiosamuh | 2016-01-21 15:11 | 太宰治 | Comments(2)