太宰治の友 織田作之助の大阪 №11 オダサクが通った高津中学校

 前回載せた高津宮からオダサクが通った旧制高津中学校は徒歩で10分以内と近い。裏長屋の賃借人の倅は小学校を出たら奉公に出るのが当り前だった時代に、高津中に合格したことに、周囲は驚きを隠せなかった。
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 現在は大阪府立高津高等学校になっていますが、ここがオダサクの通った旧制高津中学校になります。
 オダサクはここに大正15年・昭和元年(1926)に入学した。ここでオダサクは吉井栄治や中谷栄一らと出会った。翌年、長姉タツの婚家が日本橋二丁目に店を持ったため、オダサクはそこでほとんどを寝起きした。そして、長姉タツの嫁ぎ先の電気屋・竹中商店を自分の家だと嘘をついていたらしい。下寺町には、次姉の千代が芸者を辞めて駆け落ちした末、ぐうたら亭主と苦労して出したサロンもあった。
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 オダサクは中学校だけでなく、その後、昭和6年(1931)に猛勉強の末、第三高等学校(後の京都大学教養部)に合格し、文科甲類に入学する。周囲は中学だけでなく高校にも合格したオダサクに騒いだのであった。しかし、学業に身が入らず落第を繰り返し、この高校時代に肺を悪くし肺結核を発病。
 昭和9年(1934)卒業試験の最中に下宿で喀血。酒場『ハイデルベルヒ』に勤める宮田一枝と出会い同棲を始める。その後、昭和11年(1936)に高校を退学することになる。

 肺結核を患いながらも煙草は最後まで辞めなかった。亡くなる約1カ月半前の銀座バー・ルパンでの太宰、安吾との座談会では煙草を指に笑顔で写るオダサクの写真が残っている。
 肺を悪くした時点で煙草を辞めていれば、もっと長生きしたのではあるまいか。

 オダサクの大阪は、次回で最後になります。

by dazaiosamuh | 2015-12-15 19:47 | 太宰治 | Comments(0)