太宰治 『思い出』めぐり!! №10 太宰は115mを13秒2で走る!!

私はそこへ百米の直線コオスを作り、ひとりまじめに走った。』(思い出

 №8の常光寺の記事で、『思い出』で太宰がひとりでダッシュの練習をしたときのことを書きましたが、実は太宰は友人達と一緒に、別の場所でタイムを競い合っていたのだ。

当時、学校から帰って来ると、よく正覚寺の横を走ったものでした。寺町の道路からまっ直ぐ正覚寺の本堂にぶつかって左へ曲り、更に右に曲った所の右側に板べいが続いていて、そこが百十五メートル位の直線コースになっている小路でした。津島が高等学校へ入って青森からいなくなるまでの二年間、よく一緒に走ったものです。』(太宰治と青森のまち 坂井昌二
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 写真が、『正覚寺』です。現在の『正覚寺』の周りは、右周辺が駐車場、左は道路になっています。当時はちょうどいい具合の練習場所があったようですね。
 
 さて、肝心の太宰のタイムはというと、タイトルにもありますが……、
津島がスパイク買って、みんなもそうしたものですから、貧乏人の私もスパイクを買いました。津島がストップウォッチを買って来て、交代でタイムキーパーやったものです。走ったメンバーは、修治(太宰治)、礼治(太宰の弟)、中貞さん、私(坂井昌二)の四人でした。私はどんなに走っても十四秒一を切れませんでしたが、津島修治は十三秒二くらいで走りました。上背も五尺五、六寸ありましたし、素人目にも陸上競技のタイプでした。』(太宰治と青森のまち 坂井昌二

 115mとは中途半端ですが、タイムの結果が本当なら115mを13秒2というのは、かなり速いほうではないでしょうか。現在の中高生の50m走のタイムの平均は約7秒1,2から7秒7,8位のようですから、単純計算で100mだと約13秒後半から14秒半ば位になるので、太宰の115m13秒2というのは、かなり速いと思います。50mで考えると6秒台後半ですね。仮に、100m13秒2だったとしても、速いほうだと思います。『素人目にも陸上競技のタイプでした。』とあるので、太宰は走ることが得意だったようです。晩年の太宰からは想像できないですね。

 ちなみに、私の学生時代(17歳)のタイムは、50m7秒4でしたので、もし学生時代の太宰と走ったら、100%負けますね。
 作家としてではなく、一人の中学生として見ると、極めて真面目で優等生な一面がうかがえる。太宰の思わぬ特技が発見できて楽しいですね。恐るべし太宰治!!

Commented by tarukosatoko at 2015-09-21 13:39
驚きました。スパイクにストップウォッチまで買って。友達が走るときにはタイムキーパーなどという平和なこともしていたなんて。こうして丹念に見ていくと、何が太宰をああいう太宰にしたのかが、太宰の一生が鮮やかにわかっていきますね。次が楽しみです。
Commented by dazaiosamuh at 2015-09-21 17:11
> tarukosatokoさん、私も驚きです。中学時代までは、それほど同年代と差は無かったと思います。高校に入り、芸妓買いなどをするようになり、生家との確執や失態など暗雲が立ち込めて来ます。それが太宰の魅力とも言えますが。
by dazaiosamuh | 2015-09-20 20:40 | 太宰治 | Comments(2)