太宰治 『黄金風景』 日本文学シネマ

 太宰治の作品は、いくつか映像化している。『黄金風景』もその内の一つで、主人公を向井理、女中のお慶を優香が演じている。本編は僅か26分の作品。

私は子供のときには、余り質のいい方ではなかった。女中をいじめた。

 主人公はのろくさいことが大っ嫌いな質で、お慶という何をやらせてものろくさい女中をいじめるのであった。お慶はある時は林檎をむくときにぼんやりし、ある時は台所でただ何もせずにつっ立っているだけの時もあった。主人公はその様子を見て、妙に癇にさわり、その都度いびるのであった。
 そしてある日、お慶に絵本に描かれている何百人という兵隊をハサミで切り抜かせた。しかし、学校から帰ってきてもお慶は終わらせることができず、主人公は遂に癇癪をおこし、お慶の肩を蹴った。肩を蹴ったはずなのに、なぜかお慶は頬をおさえ、泣きながら、『親にさえ顔を踏まれたことはない。一生おぼえております」と言うのであった。
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 年月が経ち、主人公は船橋で細々と執筆し、なかなか芽がでないことに苛立ちながら生活していた。そんなある日、戸籍調べをしに来たお巡りさんが、昔、主人公の村で馬車をやっていた人で、お慶を是非あなたに合わせたいと言ってきた。
 言い知れぬモヤモヤした感情が湧き、主人公は激しく拒否するが、後日、お慶が訪ねてきた。
お慶は、品のいい中年の奥さんになっていた。八つの子は、女中のころのお慶によく似た顔をしていて、うすのろらしい濁った眼でぼんやり私を見上げていた。
 
 幼少期は自分がお坊ちゃんで女中をいじめたが、現在の主人公は侘しい作家で、それとは正反対にお慶は結婚して子供を持ち、幸せそうであった。
 主人公は逃げるようにその場を立ち去り、竹のステッキを振り回しては、雑草を薙ぎ払い、うろうろし、そうして海岸へと辿り着いた。
 そこにはお慶親子三人ののどかな光景が広がっていた。

なかなか」お巡りは、うんと力こめて石をほうって、「頭のよさそうな方じゃないか。あのひとは、いまに偉くなるぞ」
「そうですとも、そうですとも」お慶の誇らしげな高い声である。
「あのかたは、お小さいときからひとり変って居られた。目下のものにもそれは親切に、目をかけて下すった」
 私はたったまま泣いていた。けわしい興奮が、涙で、まるで気持よく溶け去ってしまうのだ。
 負けた。これは、いいことだ。そうなければ、いけないのだ。かれらの勝利は、また私のあすの出発にも、光を与える。

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 惨めな思いをしている主人公の気持とは裏腹に、夕陽が赤く輝く海岸で家族に主人公の『目下のものにもそれは親切に、目をかけて下すった』優しさを誇らしげに自慢するのであった。
 
 最後は気持ちがポッと暖かくなる終わり方で、観ていて心地がいいです。5,6ページの短編で、映像化しやすかったのもあるのかもしれませんが、なかなか良かった。
 ただ一言、言いたいことは、主人公の幼少時代の時のお慶(優香)と大人になった主人公に会いにきたお慶(優香)が、全く見た目が変わっていないのが少し不自然でした。実際に生家の斜陽館で撮影したみたいですので、観ていて楽しかったです。

by dazaiosamuh | 2015-07-19 21:43 | 太宰治 | Comments(0)