太宰治が見た佐渡 №7 バスで相川へ

 宿の女中さんから佳い挨拶をを受けた太宰は、見送られながら相川行きのバスに乗り込んだ。
相川行きのバスに乗った。バスの乗客は、ほとんど此の土地の者ばかりであった。皮膚病の人が多かった。漁村には、どうしてだか、皮膚病が多いようである。
 きょうは秋晴れである。窓外の風景は、新潟地方と少しも変わりは無かった。植物の緑は、淡い。山が低い。樹木は小さく、ひねくれている。うすら寒い田舎道。娘さんたちは長い吊鐘マントを着て歩いている。村々は、素知らぬ振りして、ちゃっかり生活を営んでいる。旅行者などを、てんで黙殺している。佐渡は、生活しています。一言にして語ればそれだ。なんの興も無い。

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 皮膚病が多いとは失礼な。写真はバスの車内から撮ったものですが、行きも帰りも、私が乗ったときは、皮膚病の人など1人もいませんでした。佐渡だけに限ったことではないですが、海を渡らないと辿りつけない土地というのは、同じ国でありながら、やはり、どんな生活をしているのだろうかと思うものです。もし欲しいものがあったら? 大きな病気に罹ったら? 1度も島を出たいと思ったことはないのか? 出たことはあるのか? 単純ではありますが、訪れた人間は誰しもその土地の人間に聞いてみたいはず。私もその1人です。しかし、太宰が書いている通り、『旅行者などを、てんで黙殺してい』て、私も素直に、『佐渡は、生活しています。一言にして語ればそれだ』と思いました。
 太宰の紀行文『佐渡』については、和泉書院からでている『太宰治研究』の第7巻で、『佐渡』論が書かれていますので、『佐渡』と併せて読むと中々面白いです。

 次回は相川の記事を載せます。

by dazaiosamuh | 2015-06-09 21:04 | 太宰治 | Comments(0)