太宰治と水上 №5 ゆかりの宿『旅館たにがわ』

 太宰治は、『姥捨』で『川久保屋』のことを、『ほとんど素人下宿のような宿で、部屋も三つしかなかったし、内湯も無くて…(中略)夜なら提燈かはだか蠟燭もって、したの谷川まで降りていって川原の小さい野天風呂にひたらなければならなかった。』と書いているが、それもそのはず、長篠康一郎の調査によると『川久保屋』の正式な名は、『川久保屋料理店』であったらしい。素人下宿でないことは当たり前である。
 そのため、『金盛館に沿って谷川に降りたところが共同野天風呂で、内湯を持たない「川久保」の人たちは、この共同野天風呂か下の野天風呂のいずれかに通っていた』(太宰治水上心中)とのこと。
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 上の写真が、前身が太宰の宿泊した『川久保屋』の『旅館たにがわ』です。旅館のスタッフはとても親切で、しかも、靴下洗濯サービスというのがありビックリしました。
 私がこの日履いてきた靴下は、100均で買ったものだったので、部屋に案内され、目の前で靴下を脱ぎ、手渡す時の私のこの何とも言えない照れくささと言ったら、思い出すだけで赤面してしまいます。これならもっと上等な靴下を履いてくれば良かったと思いましたが、せめてもの救いは、靴下に穴が空いていなかったことですね。

 太宰の『俗天使』でも、水上は登場する。
水上でも、病気をなおすことができず、私は、夏のおわり、水上の宿を引きあげた。宿を出て、バスに乗り、振り向くと、娘さんが、少し笑って私を見送り急にぐしゃと泣いた。娘さんは、隣りの宿屋に、病身らしい小学校二、三年生くらいの弟と一緒に湯治しているのである。(中略)バスに乗って、ふりむくと、娘さんは隣りの宿の門口に首筋ちぢめて立っていたが、そのときはじめて私に笑いかけ、そのまま泣いた。だんだんお客たち、帰ってしまう。という抽象的な悲しみに、急激に襲われたためだと思う。特に私を選んで泣いたのでは無いと、わかっていながら、それでも、強く私は胸を突かれた。も少し、親しくして置けばよかったと思った。

 この水上のことだけでも、3つ、4つくらい作品に登場する。病気も治らず、第3回芥川賞にも落ち、太宰にとってはある意味強く印象に残ってしまったのだろう。
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 旅館内には、マッサージチェアーなどのある部屋や太宰治のミニギャラリーもあり、存分に満喫することができる。さらに、夕食の際、太宰治の作品にちなんだ名前がつけられたお酒を頼む事できる。旅館ないにはバーもあり、食事時間外でも飲めるようです。
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 確か私が頼んだのは、カクテル『人間失格』だったと思います。これの前にビールも飲んで少しほろ酔いだっため、勢いで頼んだ記憶があります。他にも『斜陽』や『ヴィヨンの妻』など色々あったと思いますが、覚えていません。
 しかし、料理も美味しく、お風呂もゆっくりできて大満足でした。
 太宰治が好き人はもちろん、そうでない人も満足できると思いますので、この寒い時期にゆっくり温泉で心と身体を温め、太宰治ミニギャラリーで純文学に浸るのもいいかもしれません。

 水上の記事は、次回で終わりになります。


by dazaiosamuh | 2015-01-23 21:36 | 太宰治 | Comments(0)