太宰治と水上 №4 太宰治が宿泊した『川久保屋跡』

 太宰が宿泊した宿はどこだったのか。
 実は、太宰は宿泊した宿から手紙を友人に向けて送っており、その書簡集として小山清著太宰治の手紙』に載っている。
昭和十一年八月十二日群馬県水上村谷川温泉川久保方より青森市浪打六百二十番地小舘善四郎宛
 謹啓。
 七日から、ことらへ来てゐます。丈夫にならうと存じ、苦しく、それでも、人類最高の苦しみ、くぐり抜けて、肺病もとにかく、おさへて、それから下山するつもりです。一日一円なにがし、半ば自炊、まづしく不自由、蚤がもつとも、苦しく存じます。中毒も、一日一日苦痛うすらぎ、山の険しい電気に打たれて、蜻蛉すら、かげうすく、はらはら幽霊みたいに飛んでゐます。芥川賞の打撃、わけわからず、間ひ合せ中でございます。かんにんならぬものございます。女のくさったやうな文壇人、いやになります。
「創生記」愛は惜しみなく奪ふ。世界文学に不抜孤高の古典ひとつ加へ得る信念ございます。
 貞一兄、京姉、母上、によろしく。
』(太宰治の手紙

 手紙の内容から分かるように、太宰は第3回目の芥川賞にも落ちてしまった。パビナールも治らず、芥川賞にも落選。太宰は極度の不安と焦燥に、尚更神経をすり減らしていった。
 そして、肝心の手紙の住所はというと、『川久保方』と記載されています。やはり、『金盛館』ではないようです。こちらも長篠康一郎が事実を突き止めています。
 説明するとなると、あまりに長くなるので先に結論を書かせてもらい、長篠康一郎著『太宰治水上心中』から一部を引用させてもらいます。
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 写真の右側の建物が『旅館たにがわ』で、前身が太宰治の宿泊した『川久保屋』になり、左側は現在駐車場になっているのですが、この駐車場が、当時『川久保屋』のあった場所になります。

あの、少々うかがいますが、金盛館の御主人は川久保さんでしょうか?
いいえ、金盛館は須藤さんです
 こうして長篠康一郎は、一軒々々、聞き込みを行った。そして様々な情報を元に、ついに太宰の泊まった『川久保屋』の場所を突き止めることができた。
谷川温泉の野天風呂は谷川溪谷の中に湧出しており、御裳の湯(みもすその湯)と呼ばれ、婦人病に特効ありとして有名である。けれども、太宰治が、婦人病を治すために谷川温泉までやって来るはずもあるまい。遠く山の中の谷川温泉を選んで、一カ月ちかくも湯治に滞在したのであれば、それなりの目的、理由がなければどうにも納得しがたいように思われた。
 婦人病のほかにどんな病気に効くか。久保さんの調査が、いつか野天風呂の効用調査に発展し、それなら青柳さんに訊ねて聞いてみればよく判ると教えられ、深い雪の中をただちに青柳家に向かった。青柳家は谷川本館のすぐ隣りで、御主人は八十歳(調査当時)だそうだが六十歳位にしかみえない。
 青柳老人の話で、むかしは御裳の湯のほかに、眼の湯といわれる野天風呂があり、あらゆる眼病に特効があって、ずいぶん遠方から湯治客がやって来たものだという。一般的には、創傷や肺病などにも効果があるそうだが、眼の湯はその後の湧出がとまってしまい、いまの若い人たちは殆んど知らないそうである。
 太宰治の滞在先が判明したのは、青柳老人の眼の湯、眼の神さまや温泉の神さま(栃ノ木薬師)の話を交わした直後のことであった。青柳老人の奥さんが、「川久保」を憶い出してくれたのである。青柳さんで教えてくれた当時の「川久保」の跡は、なんと隣りの谷川本館であった。
』(太宰治水上心中

 聞き込みの結果、なぜここまでの話に行き着いたかは、『太宰治水上心中』を読んでもらいたい。
 『川久保屋』『谷川本館』『旅館たにがわ』と、ややこしいが、『川久保屋』のあった場所に、経営者が変わり『谷川本館』が建てられ、そこを取り壊し駐車場にし、道路を挟んで反対側に新たに、現在の『旅館たにがわ』ができました。
 なので、場所や建物自体は変わっていますが、今回私が宿泊した『旅館たにがわ』は、前身は太宰治が宿泊した『川久保屋』になります。
 そして長篠康一郎は、『川久保屋』のあった場所に、記念として太宰治文学碑を建てています。
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 申し訳ございません。。見て分かる通り、残念ながら雪で殆どが隠れています。何と書かれているのか、まるで分かりません。旅館に泊まった翌朝、スタッフの人にお願いをして雪を除けてもらったので、後ほど、改めて載せたいと思います。期待させてしまって申し訳ないです。

 太宰の手紙には、他にも『昭和11年8月23日群馬県水上村谷川温泉川久保方より青森市浪打620番地 小舘善四郎宛』の手紙があります。小山清の『太宰治の手紙』には、他にも色々と書かれていますので、読んでいて面白いです。太宰ファンにはおすすめです。

 次回は、太宰が宿泊した『川久保屋』が前身で、私が泊まった『旅館たにがわ』の記事を書きます。





by dazaiosamuh | 2015-01-19 19:44 | 太宰治 | Comments(0)