太宰治 新潟『みみずく通信』 №7 大野屋旅館

 太宰は、『イタリア軒』での食事を終えたあと、ある旅館に宿泊したとされている。一応、年譜等にも書かれているその旅館は、古町通りにある『大野屋旅館』と言われている。
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 年譜の通りだと、古町通りの『大野屋旅館』はこの一軒だけになります。なかなかの老舗だと思われます。ホームページ等は無いため、詳しい話は実際に旅館を訪ねなければ分かりません。しかし、本当は『大野屋旅館』に宿泊したかったのですが、生憎、私が指定した日は営業をしていないと言われてしまい、仕方がなく『イタリア軒』に泊まりました(それはそれで『イタリア軒』に泊まれて良かったですが)。

生徒たちと、わかれてから、私は、ほんの少し酒を飲みに、或る家へはいりました。そこの女のひとが私の姿を見て、
「あなた、剣道の先生でしょう?」と無心に言いました。
 剣道の先生は、真面目な顔をして、ただいま宿へ帰り、袴を脱ぎ、すぐ机に向って、この手紙に取りかかりました。雨が降って来ました。あしたお天気だったら、佐渡ヶ島へ行ってみるつもりです。佐渡へは前から行ってみたいと思っていました。こんど新潟高校から招待せられ、出かけて来たのも、実は、佐渡へ、ついでに立ち寄ってみたい下心があったからでした。講演は、あまり修行にもなりません。剣道の先生も、一日限りでたくさん也。みみずくの、ひとり笑いや秋の暮。其角だったと思います。十一月十六日夜半。
』(みみずく通信
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『みみずく通信』の通り、太宰は昭和15年11月16日、新潟高等学校で講演をし、生徒たちと寄居浜で日本海を見て、その後『イタリア軒』で食事をし、『大野屋旅館』に宿泊した。そして翌日、実際に佐渡ヶ島へと渡っている。
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 写真は新潟の街と萬代橋の夜景です。3本あるうちの真ん中のオレンジ色に光っている橋が、萬代橋になります。私が新潟を訪ねたときは、天気が良くなかったため、佐渡島は見えませんでした。春を迎えたら、今度は佐渡島へ渡ってみたいと思います。
 新潟『みみずく通信』の記事は、これで終わりになります。

by dazaiosamuh | 2014-12-21 18:41 | 太宰治 | Comments(0)