太宰治 『佳日』舞台!目黒雅叙園 №1

 太宰治が目黒雅叙園に来たことがあることを知る者は少ない。
 昭和18年(1943)4月29日、友人の塩月赳の結婚式が、目黒雅叙園で行われた。この時に身内代わりとなって、結納を届けたり式の打ち合わせに行ったりなど、仲人役を務めたのが、太宰治であった。

 JR目黒駅の西口を出ると、権之助坂と行人坂という2つの坂道があり、行人坂の方を下りきると、広大な雅叙園が見えてくる。
 結婚式場としてだけではなく、有名な百段階段の見学やランチを楽しむために来店するお客さんも多い。それでも結婚式場という先入観があり、私は入る時に少しまごついてしまった。
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佳日』は、太宰が友人・塩月の身内代わりとなって結婚の準備をした時の体験を元に書かれた。主人公が友人・大隅忠太郎から結婚式の世話を頼まれるのだが、初めてのこともあって、失敗ばかりを繰り返してしまう。そんな主人公のとまどいや、そこに関わる人々の触れ合いがユーモアに暖かく描かれた作品だ。

 主人公は大隅君の結婚相手の家に辿り着くも、まるでひとり相撲のような失態を見せてしまう。
大隅君には、他に友人も無いようだ。私が結納を、おとどけしなければなるまい。その前日、新宿の百貨店へ行って結納のおきまりの品々一式を買い求め、帰りに本屋へ立寄って礼法全書を覗いて、結納の礼式、口上などを調べて、さて、当日は袴をはき、紋付羽織と白足袋は風呂敷に包んで持って家を出た。小坂家の玄関に於いて颯っと羽織を着換え、紺足袋をすらりと脱ぎ捨て白足袋をきちんと履いて水際立ったお使者振りを示そうという魂胆であったが、これは完全に失敗した。(中略)「いや。ちょっと。」私はわけのわからぬ言葉を発して、携帯の風呂敷包を下駄箱の上に置き、素早くほどいて紋付羽織を取出し、着て来た黒い羽織と着換えたところまでは、まずまず大過なかったのであるが、それからが、いけなかった。立ったまま、紺足袋を脱いで、白足袋にはき換えようとしたのだが、足が汗ばんでいるので、するりとはいらぬ。うむ、とりきんで足袋を引っぱったら、私はからだの重心を失い、醜くよろめいた。「あ。これは。」と私はやはり意味のわからぬ事を言い、卑屈に笑って、式台の端に腰をおろし、大あぐらの形になって、撫でたり引っぱったり、さまざまに白足袋をなだめさすり、少しずつ少しずつ足にかぶせて、額ににじみ出る汗をハンケチで拭いてはまたも無言で足袋にとりかかり、周囲が真暗な気持で、いまはもうやけくそになり、いっそ素足で式台に上がりこみ、大声上げて笑おうかとさえ思った。けれども、私の傍には厳然と、いささかも威儀を崩さず小坂氏が控えているのだ。五分、十分、私は足袋と悪戦苦闘を続けた。やっと両方履き了えた。
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 雅叙園は平成25年に創業85周年を迎えた。その独特の装飾美から「昭和の竜宮城」と呼ばれ、親しまれてきた。雅叙園に入った私も、思わず足を止めて見入ってしまいました。
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 上の写真を見て、何だか分かるでしょうか。実は男子トイレです。入った瞬間、間違えたかと思ってしまいました。『佳日』の主人公のように、「いや。ちょっと。」と私も意味の分からぬ言葉を発してしまった。トイレの中に橋が架かっているなど、考えたこともありませんでした。写真の橋を渡ったすぐ先に、見えにくいですが、小便器があり、すぐ右に個室があります。

『佳日』の主人公は、果たして無事に結婚式当日をむかえることはできるのでしょうか。
 次回に続きます。









by dazaiosamuh | 2014-10-06 12:12 | 太宰治 | Comments(0)