太宰治 太田静子と新宿武蔵野館で映画を観る!!

 新宿3丁目にある、『新宿武蔵野館』は1920年6月30日に誕生した。映画好きの人間なら一度は利用したことがあるかもしれない。昔からデートコースの一つとして、この映画館を利用し、若い頃の青春の思い出の場所としてしみじみ思う人も多くいるだろう。
 そして、太田静子も、その1人であった。
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 昭和16年4月、離婚したばかりで、娘・満里子の死の悲しみも抱えていた太田静子は、書店でたまたま目についた太宰治の『虚構の彷徨・ダスゲマイネ』という小説集を見つけ、開いてみると、「道化の華」という小説があり、その中の一句「僕はこの手もて、園を水にしづめた。」という言葉が、静子の胸を刺した。
 自分と同じように、愛する人の死の罪悪に苦しめられている人がいる、そう思った。静子は太宰に手紙を書いた。告白の文章を書いております、ご指導して下さいと。
 太宰からは、才能はおありになると思いますが、お体があまり丈夫でないようですから、小説は無理かもしれません、お気が向いたら、どうぞ遊びにいらして下さい、というような内容の返事が返って来た。
 それから数カ月後、静子は友人2人を連れて、三鷹の太宰宅を訪れた。太宰はこの時、太田静子の文章をよく分かると言い、ボートレールの散文詩に似た味があると言った。そして、娘・満里子のことでも、またほかのどんなことでも、日記に書いておきなさい、楽な気持ちで、飾らず、素直に、と言った。

 そしてある日、突然太宰から「ニジ トウキョウエキ ダザイ」と電報がきた。

待ち合わせ場所の東京駅の花店の前で二重廻しのマントを着て立っている太宰はどこかフランス俳優のようにみえた。自宅であった時のお侍さんという感じはすっかり消えていたという。その朝ベッドでたまたま聴いていたシューマンの『クライスレリアナ』の曲にぴったりの柔らかな紳士に思われたというのである。
 その日は、新宿の武蔵野館でシモーヌ・シモン主演のフランス映画『乙女の湖』を一緒に観た。二十代の頃に、母と京橋の国立近代美術館フィルムセンターでこの戦前の映画を見たことがあった。ベビー・フェイスのシモーヌ・シモンは、母に似ていると思った。その時母は映画を観ながら泣いていた。何回も観たことのあるそれはなつかしい映画なのだといった。
』(太田治子『明るい方へ』
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 上の写真が現在の新宿武蔵野館です。当初は、別の場所にあったが、1928年12月14日に現在の新宿3丁目に移転した。太宰治と太田静子が映画『乙女の湖』を観たのは昭和16年(1941年)になのるので、改装、拡張工事で現在は当時のビルとは違うと思いますが、場所は2人が訪れた時と同じになります。ここで2人は寄り添い合いながら映画を観たのですね。

 映画を観終わったあと、喫茶店で太宰は、『あなたは今日から、ひとりじゃない。僕の命をあずけます。だから責任が重くなるんだよ』と言った。

それにしても初めてのデートの時にいきなりこのようなことをいいだす男性は、余程キザだと思う。しかも太宰には、妻子がいた。あなたの方の責任はどうなのですかと問いかけたくなるのである。これも芸術の中のひと齣(こま)と彼は思っていたのだろうか。
 母はその言葉をすべて真っ直ぐに受け止めてしまった。こうした彼女の純真さを思うと、猛然と太宰の悪口をいいたくなるのだった。
 太宰治は太田静子を花店の前で、一時間以上も待っていた。薄紫の名前の知らない花をみつめながら、はたしてちゃんとくるのだろうかと泣きたい気持だったと母に話した。やはり憎めない男性のように思われてくるのである。
』(太田治子『明るい方へ』
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 太田静子の娘・太田治子は複雑な気持ちだったはず。妻子のある身でありながら、自分の母を誘いだし、キザなセリフで自分に惚れさせ、日記を手に入れるために、1度、身体の関係になり、そうして自分が生まれたのだ。
 当時は当然携帯電話などない。手紙、はがき、電報で連絡を取り合うしかない。そんななか妻子がいて、他の女性と連絡を取り合い、落ち合うとなると、美知子夫人が気づかないはずはない。
 自宅に届いた手紙等、ひやひやしながら読み、どんな理由をつけて外へと出掛けて行ったのか、気になってしまう。「外で飲んでくる」「編集者たちと会ってくる」などでしょうか。

 ちなみに、シモーヌ・シモンの『乙女の湖』ですが、どんな映画か観てみようと思ったのですが、レンタル店になく、DVDは販売しているようですが、中々発見することができないため、まだ観ていません。
 DVDを手に入れて、観たら、またその時改めて記事にしたいと思います。








by dazaiosamuh | 2014-09-21 16:02 | 太宰治 | Comments(0)