2014年 09月 02日
太宰治は煙草ピースも吸っていた!!
ゴールデンバットの誕生は1906年。ピースは40年あとの1946年(昭和21年)だ。太宰が亡くなったのは、1948年(38歳)であるから、太宰が吸い始めたのは、早くても亡くなる2年前の36歳からということになる。

太宰がピースを買う描写が書かれているのは、長尾良の『太宰治 その人と』である。
『太宰は一軒の閉まっている商家の潜戸を開けて入った。薬屋であったが、店には店番も誰もいなかった。
「煙草、下さーい」
土間から太宰が奥に向かって喚いた。暫くすると、紬の着物を着た五十がらみの恰幅のよい主人が、煙草を両手にかかえて出て来た。
決まった日に、行列を作って一人一個ずつしか買えない、自由販売のピースを、主人は黙って太宰に十個渡していた。その中から太宰が三個、私にくれた。
先に表に出て、代金を払っている太宰の出てくるのを待っていた。煙草で懐をふくらませた太宰が出て来た。
「じゃ帰って来るよ」
と、言った。
太宰は、一寸、頷いて、「うん。じゃ、また」と、言った。
私は、二、三歩駅の方に歩き、太宰も数歩歩いてから、互いにもう一度振りかえった。そして、
「さよなら」
と、目を見交わして別れた。
これが太宰との最後であった。
この時、太宰はまだ、死ぬとも、死のうとも、考えていなかったろう、と思う。』
長尾にとっては、これが太宰と過ごした最後の日であった。最後であったからこそ、太宰がピースを買う姿が強く印象に残った貴重な場面だ。当時、既存のたばこは、10本入り20~60銭であったのに対して、ピースは10本入り7円という破格で、高級煙草に分類されていた。発売当初の人気は非常に高かった。太宰もまた、このピースの「ほのかに甘く華やかな香り」の虜になったのだろう。昭和22年の出来事であったから、発売してから1年程しか経っていない、太宰達にとっては上品な新商品煙草であったのだ。

私も味見をしてみたのですが、バットの時もそうでしたが、普段煙草は吸わないので、味など分かりません。しかも、両切りタイプなので、葉が口に入って吸いにくい。しかし、まずいのはともかく、私にはニコチンが強すぎでした。一瞬でくらっと来ました。パッケージをよく見ると、タール28mg、ニコチン2.3mgと記載されていました。バットと見比べると、バットはタール18mg、ニコチン1.1mgです。タールは10mgも多く、ニコチンは2倍以上じゃないですか。どうりでくらくら目眩がするはずです。ただでさえ、私にとってバットもきついのに……。

パイプを付けて吸う私を、太宰が空から笑いながら見ている気がします…。
どんどん煙草も値上げしていますが、もし太宰が今の時代にいたら、それでもスパスパ吸っていたことでしょうね。

