太宰治 奥多摩の御嶽へピクニック!! №5 多摩川沿い

 寒山寺を後にし、すぐ横の遊歩道を歩こうと思ったのですが、台風の影響で木が倒れ、道をふさいでいるため通行止めとなっていた(私がここに来たのは今年3月なのですが、いつの台風なのか覚えてません)。
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 注意書きには、日付が2014年1月16日と記載されていますね、いつの台風の影響でしょうか。一応、通行止めとなっている場所まで歩いたのですが、やはり、危険だっため引き返しました。現在も通れるのか分かりません。
 しかし、阿佐ヶ谷会一行は楓橋を戻った川沿いを歩いた、と書かれているため、同じルートを散策するのであれば通行止めでなくとも、結局同じことであった。
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楓橋を戻って、川沿いに岩角づたいの路をたどって歩く。神経痛持ちで膝にマントをかけているという木山は遅れがちだったが、太宰はいつも先頭に立って歩き、とても徴用検査でペケをくった男とは思えなかったと木山は書いている。』(青柳瑞穂の生涯

 たしか太宰の妻の美知子夫人は、太宰のことを、自然や風景に関心のない人だったと書いていたはず。ゆったりと流れる多摩川にもあまり関心がなかったのでしょうか。ずんずんと歩いて行く太宰の姿が、想像できる気がする。私は3月に来たのですが、桜はまだ咲き始めたばかりのようでした。
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阿佐ヶ谷会文学アルバム』の方が詳しく書いているので、こちらも載せておきます。
楓橋を戻つて、川沿ひに、岩角伝ひの路を辿つて行つた。路傍の梅の蕾はまだ硬かつた。屋根に千木をのせ、階下が物置で、二階が住居になつた百姓家などを見ながら行く。いづれも陽がいつぱいで、襤褸など干してある。小さな空家の戸が閉ざされてゐるのを見ると、皆が立ち停まつた。こんなところで住んでみたいと言ひあつた。行く手の谷合ひの奥に、雪のかかつた御嶽の姿が見えた。

 たしかにこんな長閑な土地に住んでみたいものだ。『いづれも陽がいつぱいで』と書かれていますね、ということは阿佐ヶ谷会一行が訪れた時の天気は、きっと快晴だったのでしょうね。そういえば、いつの間にか雨は止んでいました。『襤褸など干してある』とありますが、流石に襤褸(ぼろ)など干してある民家はありませんでした。

 天気の良い日にまた来てみたいですね。まだ多摩川沿いの散策は続きます。




by dazaiosamuh | 2014-08-07 16:06 | 太宰治 | Comments(0)