太宰治 奥多摩の御嶽へピクニック!! №1 沢井駅

 昭和17年、太宰治を含めた阿佐ヶ谷会一行は奥多摩の御嶽へと遠足に行っている。この年の6月までは、日本の戦局はきわめて好調であった。2月15日にはシンガポールの英軍、3月9日にはジャワのオランダ軍、4月9日にはフィリピンの米軍と、ことごとく日本軍に降伏した。
 この戦局の好調であった時期、2月5日に、東京に残っていた阿佐ヶ谷会のメンバーで御嶽へと遠足に行ったのだ。
 参加者は安成二郎、上林暁、青柳瑞穂、浜野修、木山捷平、太宰治と太宰が連れて来た名取書店の林宗三という青年の7人。
立川駅に十二時半という、ピクニックにはいささか奇妙な集合時刻だった。』(青柳瑞穂の生涯
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 この奥多摩遠足は、沢井駅で下車し、川沿いをゆっくり散策し景色を見ながら御嶽駅へ向かい、駅近辺にある玉川屋という蕎麦屋で疲れを癒しご帰宅、という流れのようであった。
 私もこの阿佐ヶ谷会一行と同じルートで散策し、最後に玉川屋でお蕎麦をいただいて帰ることにした。私が行ったのは、今年の3月の終り頃でまだ桜が咲き始めたばかりの時期であった。同じように立川駅で下車しようと思っていたのですが、東京駅からの中央線快速で乗り換えをしなければならない青梅駅まで一本で行けるので、わざわざ降りるのも面倒なので立川駅には寄りませんでした。

 集合時間は12時半という、やや遅い時間ではあるがそれでも遅刻者はでたようだ。
零時三十分に、立川駅ホームに参集するはずだったが、荻窪駅を出た時は、すでに零時を十五分過ぎてゐた。置き去りを食ふかなと心配してゐると、同じ省線の車室に、参加者の一人である木山捷平君の姿を見つけて、ホッと安心した。同じ思ひの木山君も僕に声をかけられて、ホッとしたらしかった。
 立川駅のホームには、すでに、安成二郎、濱野修、青柳瑞穂、太宰治、林宗三の諸氏が、待ちかねて立つてゐた。ただちに、満員の青梅電車に乗り込んだ。
』(上林暁

集合場所は、立川の駅で、集合時間は、午後十二時半という、遠足にしては奇妙な時刻であった。
 それでも朝寝坊の私は少し遅刻したが、上林暁氏は私よりも、もっと遅刻した。
 案外、こんな時、早いのが太宰治。
 早い上、太宰は懐中に岩波文庫を三冊もしのばせていたので、ひやかしてやると、
「なに、時間をもてあまして、本屋に入って義理で買ったんだ」
 と、いったのを、私は今でも忘れないでいる。
』(木山捷平
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 JR青梅駅でJR青梅線奥多摩行に乗り換え沢井駅へと向かいました。電車に揺られながら景色を見ていると、とても東京とは思えない場所ですね。特に私のように地方から来た人間には、東京にもこんな場所があるのか、と思わずにはいられませんし、田舎を思い出してはしみじみとしている自分がいました。青梅駅から沢井駅まで約20分、ようやく沢井駅に到着しました。東京駅から沢井駅まで、約1時間半かかったのですが、私の住む場所から東京駅まで1時間程かかるので、合計で片道2時間半ですね。着く前に少し疲れてしまいました。
 東京でありながら車窓から見える自然豊かな景色に驚かされたのですが、沢井駅に到着して改札を出ようと思ったら、無人駅だったことにも驚きました。さり気なくSuicaの改札機が一台、ぽつねんと置かれていました。
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 改札を出た私は、まずは阿佐ヶ谷会一行が寄った寒山寺に向かおうと思い、地図を広げたのですが、いまいちよく分からず、迷子の子供のようにきょろきょろしていました。すると、ちょうど通りかかったお姉さん(30代後半ぐらいかな)が、迷子の私に見かねて親切に話しかけてきてくれました。

「大丈夫?どこに行きたいの?」
「あの、寒山寺というお寺に行きたいのですが…」
「それなら、すぐそこの坂を下って、酒屋の前を通って、『楓橋』っていう橋を渡っていけばすぐよ」
「ありがとうございます」
「それにしても、今日は天気が悪くて残念ね。気をつけて行ってらっしゃい。」

 なんて親切な女性なのだろう。都心でこんな風に自ら道に迷っている人を助ける人とは、一度も出会った事がない。外人さんのように、頬に、少しそばかすのある綺麗な女性であった。お礼を言うと、お姉さんは颯爽と去って行った。私はその後ろ姿を、少しの間だけ眺めていたのであった。親切なお姉さん、ありがとう。

 次回は、楓橋寒山寺を載せたいと思います。




by dazaiosamuh | 2014-07-24 13:28 | 太宰治 | Comments(0)