2014年 07月 19日
太宰治 記載のないゆかりの地 割烹旅館玉川
今回はあくまで『伺察』であって、『視察』『調査』ではないことを言っておく。



果たして、太宰はここに20日間も泊まったのでしょうか。以前の記事にも書きましたが、年譜など、関連書籍には載っていなかった。それとも私が見つけられなかっただけなのか。太宰はお金が払えず、代わりに本数冊と万年筆を置いていったらしい。ネットで少し発見したので引用させてもらう。
『長逗留する客には「10日締め」という習慣があった。女将が10日目に宿泊代を請求した。太宰は手元に金はないという。仕方なく10日間泊めたが、やはりお金を払わない。フランス語の辞書と本数冊、万年筆を借金のかたにとり、お引き取り願ったという。』

これではもはや、知る手がかりは一切ないということか。さらに、Wikipediaには、『太宰治が滞在した事でも知られ、前期の傑作「ダス・ゲマイネ」「虚構の春」「狂言の神」の作品がここで書かれた。』と載っていた。
しかし、こちらも年譜には玉川旅館で書かれたとは記載されていない。
謎だらけである。泊まって話を聞いてみたいが、有力な情報は、もはや手に入らない気がする。いつか気分が向いたら泊まりに行こうと思う。

