太宰治と山崎富栄が入水した日

『いまは自分には、幸福も不幸もありません。ただ、一さいは過ぎて行きます。自分がいままで阿鼻叫喚で生きて来た所謂「人間」の世界に於いて、たった一つ、真理らしく思われたのは、それだけでした。ただ、一さいは過ぎて行きます。』(人間失格

 今日は太宰治と愛人・山崎富栄が玉川上水に入水心中した日だ。荻窪紀行はまだ途中だが、せっかくお墓詣りに行って来たので、載せることにした。

 太宰が亡くなった日は、一応、6月13日と言われているようだが、実は正確には分かっていない。そもそも太宰と富栄が入水した日付も時刻も曖昧で、13日の午後11時半から14日の午前4時頃までの間に入水したとされている。日付をまたいでいるため詳細は不明。年譜等にも正確には記載されていない。
 そして、死亡推定時刻は14日午前1時頃とされている。

 午後12時半ごろ三鷹に到着。雨はポツポツと降る程度で、禅林寺に着くころには、そのポツポツ雨も降らなくなった。しかも丁度良く青空が広がっていた。
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 太宰の人気は日増しに増える一方で、しかも、今年は太宰治生誕105年ということもあり、19日の桜桃忌ほどではないにしても、きっと沢山の人がお手を合わせに来ているだろうなと思っていたが、来てみると、沢山いるどころか一人もいなかった。それどころか、墓所自体に人っ子一人いないのである。私にとっては好都合であった。これでゆっくりと手を合わせることができる。
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 お墓にはすでにお花が供えてあった。午前中に親族が来たのでしょうか。私もお線香を供え、落ち着いた気持ちで手を合わせた。今日の気温は30℃まで達していたが、太宰のお墓は木影に入っており、先ほどまで雨が降っていた影響で、気持よく清々しかった。太宰に、「なぜ、富栄さんと入水などしたのですか」と聞いてみようかと思ったが、やめた。野暮のように思われた。目の前に、太宰と美知子夫人が2人仲良く並んでいるように見えたからだ。


「桜桃忌も必ず来ます」

 私は、そう心のなかで呟き、禅林寺をあとにした。


by dazaiosamuh | 2014-06-13 20:19 | 太宰治 | Comments(0)