太宰治の住んだ町 荻窪紀行 №5 軽食屋で一息

 太宰治の暮らした貴重な建物・碧雲荘を見た私は、お腹も空いたのでここら辺で腹ごしらえでもしようと思い、手頃なお店を探した。
 探していると、小さな軽食屋を発見。疲れていたので店頭のメニューは見ずに中に入りました。

 お昼を少し過ぎたくらいだったが、お客さんはいなかった。眼鏡をかけた年配の男性店主が愛想よく迎えてくれた。私はカレーライス(たしか野菜カレーとかだったと思いますが、よく覚えていません)を注文した。
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「ここに来るのは初めてだよね?荻窪の人?」
「荻窪に来るのは初めてです。実は……」

 私は荻窪に来た理由を話した。太宰のゆかりの地を歩いていると言うと、少し驚いたようすだった。このお店で太宰のゆかりの地をまわっている人に出会うのは、どうやら初めてのようでした。途中、青年のお客さんが入って来て、顔見知りのようすで親しげに会話をしていた。話を聞いていると、この青年(年上かと思ったら年下でした)は鍼灸師を目指している専門学生のようでした。私には全く知識のない分野の仕事のため、2人の話を聞いていても、まるで分かりませんでした。
 青年が私に、「お兄さんは、介護の仕事とか向いてそうですね」と言ってきた。別段嬉しくもなかった。「介護職は、種類にもよると思いますが仕事と給料が割に合わないみたいなので、今のところは考えていません」とだけ答えておいた。

 時間を忘れて色々と雑談をしていると、マスター(青年は店主のことをマスターと呼んでいた)は昔、出版社で働いていたことがあったそうだ。それもあって、友人の同窓会の冊子や本などを頼まれることもあるみたいだ。大きな業務用プリンターも持っていると話していた。その他、生れ故郷の話や東京生活の話など小一時間程話しをした。
 話をしながら、店内にある雑誌(たしか荻窪の特集が書かれた雑誌だったと思います)をパラパラめくっていると、井伏鱒二の記事が載っていた。そこには、井伏が荻窪にある東京衛生病院で1993年(平成5年)7月10日に亡くなった、という内容であった。
 私は井伏鱒二のことはあまり調べていなかったため、自宅や墓所しか把握していなかった。ついでなので行って見ようと思った。私はこの次に、天沼稲荷神社付近に行こうと思っていたので、マスターに天沼稲荷神社へはどのくらい掛かるか聞くと、大人の足で10分位だよと教えてもらい、腹ごしらえも済んだので、マスターと青年に別れを言い、一先ず先に東京衛生病院へと向かったのであった。





by dazaiosamuh | 2014-06-06 20:18 | 太宰治 | Comments(0)