太宰治 帝大入学時に止宿した場所

 ゴールデンウィークは休みを入れなかったため、休みは一日だけで、それ以外は仕事だった。その貴重な一日をどう過ごそうかと思ったが、やはり、外は人で混雑しているため、出かけるのが億劫で自宅でごろごろしていようかと思いましたが、ほんの少しだけ太宰のゆかりの地を周ることにした。
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 私は、本郷三丁目駅で降りた。ここは、太宰が帝大時代入学時に止宿した場所があるのだ。駅を出て東大の方へと進むと、以外にも沢山の人で溢れていた。私は、本郷三丁目に来ることなど殆どないため、どこを観光に周ればいいのか、まるで分かりませんが、人混みが嫌いな私は、すたすた目的地を目指して進んでいった。

『昭和5年3月、私たちは東京帝大受験のため上京した。津島は本郷区森川町の下宿屋に宿を取ったが、わざわざ生家から、夜具類を送らせるという入念さであった。(中略)受験のために東京に集まったときから、私たちはすでに、一つの会合を作った。私たち━━といっても左翼的傾向のある者ばかりであったが━━の会合の場所は、大抵津島の下宿であった。津島は賑やかな明るい人柄で、人の集まりの中にいるのがすきであったから、むしろ喜んで部屋を提供した。会合はまだ正規のものでなかったから、気楽な空気が充満していた。津島は例によって、おどけを発揮して皆を笑わせるのであった。』(「太宰治との思い出」 大高勝次郎)

 太宰が上京した時に泊まった、「本郷区森川町の下宿屋」は調べても見つけることができませんでした。あとでもう少し調査したいと思っています。
 
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 受験を終えた太宰は、一旦帰省し、また上京してきます。年譜には、『本郷区台町一番地小山とめ方』に止宿と書かれていました。太宰が居た当時は、文京区ではなく本郷区だったのですね。全然知りませんでした。
 太宰は1930年(昭和5年)の4月上旬から中旬頃の間に、ここに来たようです。現在は立体駐車場になっています。現在の住所で、文京区本郷5丁目30番地のあたりのようです。写真の奥に東大があります。目と鼻の先ですね。

 当時のままの建物は殆ど無くなっているので、実際に足を運んで直接見ても、あまりぱっとしませんね。
 ちなみに「太宰治との思い出」を書いた大高勝次郎は、1927年(昭和2年)から1930年(昭和5年)まで弘前高等学校の同級生としてつきあい、その後の2年半を東大の同期生としてつきあった貴重な人物です。

 帝大時代については後ほど書きます。


by dazaiosamuh | 2014-05-07 22:04 | 太宰治 | Comments(0)