太宰治 『火の鳥』『虚構の春』に登場 帝国ホテル

 太宰の作品『火の鳥』『虚構の春』に帝国ホテルが登場する。帝国ホテルになど、一生泊まることなどないだろうと思っているが、太宰の作品に登場するため、せめて外観だけでも一目見ておこうと思い足を運んだ。
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 帝国ホテルは、1890年(明治23年)に開業した。建てられてから120年以上が経つ。つまり、太宰が生まれる前からあるのだ。細々と倹しく暮らしている私には、とてもじゃないが、泊まれるホテルではない。ただぼうっと眺めているだけである。
 ホテルを出入りする人々が、お上品に見えて仕方がない。思わず自分の身体を見て、一人で照れている自分がいる、そんな自分が、また、滑稽である。

火の鳥』は昭和13年の9月中旬頃から書かれた作品で、師である井伏鱒二が滞在する天下茶屋の2階に籠って書いた。

『その夜、二人は、帝国ホテルの部屋で、薬品をのんだ。二人、きちんとソファに並んで座ったまま、冷たくなっていた。深夜、中年の給仕人が、それを見つけた。察していたのである。落ちついて、その部屋から忍び出て、そっと支配人をゆり起した。すべて、静粛に行われた。ホテル全体は、朝までひっそり眠っていた。須々木乙彦は、完全に、こと切れていた。女は、生きた。』(火の鳥)

虚構の春』は『文学界』に昭和11年7月号に発表された。太宰の船橋時代に書かれた作品だ。

『━でも、そのときだって、やっぱり、情死おこなったんだろう。
 ━ええ、女が帝国ホテルへ遊びに来て、僕がボオイに五円やって、その晩、女は私の部屋へ宿泊しました。そうして、その夜ふけに、私は、死ぬるよりほかに行くとこがない、と何かの拍子に、ふと口から滑り出て、その一言が、とても女の心にきいたらしく、あたしも死ぬる、と申しました。
 ━それじゃあ、あなたと呼べば死のうよと答える、そんなところだ。極端にわかりが早くなってしまって居る。君たちだけじゃないようだぜ。
 ━そうらしいのです。私の解放運動など、先覚者として一身の名誉のためのものと言って言えないこともなく、そのほうで、どんどん出世しているうちは、面白く、張り合いもございましたが、スパイ説など出て来たんでは、遠からず失脚ですし、とにかく、いやでした。
 ━女は、その後、どうなったね?
 ━女は、その帝国ホテルのあくる日に死にました。
 ━あ、そうか。
 ━そうなんです。鎌倉の海に薬品を呑んで飛び込みました。』(虚構の春)

 この2つの作品の描写は、どちらも自身の鎌倉での心中の体験がもとになっていることは、すぐに読み取れる。太宰は昭和5年に、田辺あつみと鎌倉の小動崎(こゆるぎがさき)で、カルモチン嚥下した。
 
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 太宰は、どういった心境を持ってこの2つの描写を書いたのか。罪の意識からなのか。『火の鳥』では、男が死に女が生きたのびた設定になっている。あくまで私の推測だが、これは太宰が、「自分が死んで、女(田辺あつみ)が生き延びればよかったのだ」という罪の意識から、罪滅ぼしから書いたのではないかと思う。
 悔恨の念に押しつぶされそうになった太宰は、自虐することで、自分の行いに報いたのではないないでしょうか。そんな気がしてなりません。

 2つの作品に登場する帝国ホテルは、どちらも「死」が関わっており、太宰の実際の心中などから、深く考えさせられてしまいますが、そんな帝国ホテルは、2020年の東京オリンピック開催が決定して、国内のみならず国外からくるお客様を、最高のおもてなしで迎えるために、より一層力を入れて準備をしているようです。

 お金のある方は、ぜひ東京オリンピック開催時、帝国ホテルに泊まってみてはいかがでしょうか。

 
by dazaiosamuh | 2014-05-04 18:40 | 太宰治 | Comments(0)