太宰治が愛した鰻を求めて №2 若松屋!

 美容院での、カットとパーマを終えた私は『若松屋』へと再び来た。時間も開店数分前で、丁度よかった。お店に入ると、3代目を引き継いだばかりの、小川雅也さんの次男・祐二さんと雅也さんの妻・優美子さんが元気に迎えくれた。私は早速、カウンターの席に腰を下ろした。昼食も食べず、しかも、折角来たのだからと、一番ボリュームのある「二段重」を注文した。
 
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 店内は落ちついた雰囲気で見渡すと、沢山の有名人も来たことがあるようで色紙がカウンター席頭上に飾られていた。
 さらに、三鷹時代に『若松屋』に来た時の太宰の写真も飾られていた。他にも太宰の初版本など、太宰関連の本が棚に並べられている。
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 私は太宰のゆかりの地と聞いて、それが目的で此処へ来たのだと話した。話を聞くと、やはり私のような太宰が好きな人も多く来店するようだ。北は北海道から南は沖縄まで、沢山の人が来るそうです。それだけもあり、2代目・雅也さんの死は残念でなりません。急性心筋梗塞で、夜中に寝ている間に亡くなったそうです。一度、お会いして見たかった。

 棚に並べられている太宰関連の本は、お客さんが持ってきて寄贈してくれたものだそうです。中には、当時の新聞の切り抜きをファイリングしたファイルも数冊あり、当時、太宰のファンだった女性が寄贈してくださったのだそうです。

 棚の本などに夢中になっている内に、鰻重が運ばれてきました。私が頼んだのは「二段重」で、やはりボリューム満点。当然ですが、真ん中にも鰻があり食べごたえ十分、ビールと一緒にいただきました。
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 美味い!!美味すぎる!!待った甲斐がありました。実は、私は恥ずかしながら、この時に至るまで、国産の鰻重を食べたことがありませんでした。スーパー等で、安い中国産の鰻重しか食べたことがありません。初めての国産鰻重に何とも尊い、「あぁ」という溜息が漏れました。
 ちなみに、メニューに「眉山セット」というのがあり、これは太宰の短編「眉山」から取ったもので、鰻とお鮨が両方楽しめる贅沢な品だ。

 太宰は当時、三鷹での若松屋を舞台に「メリイクリスマス」や「眉山」を書いている。「メリイクリスマス」は、「中央公論」で昭和22年1月号に発表された。疎開した津軽から約1年3ヶ月ぶりに上京して書いたものだ。

『私の眼には、何の事も無い相変わらずの「東京生活」のごとくに映った。』(メリイクリスマス)

眉山」は、「小説新潮」で昭和23年3月号に発表された。一人の少女の少し哀しい短編だ。 

 ここへ来た太宰が、ここに何度も通った気持ちがすぐわかりました。食べ終わっても、すぐに「もっと食べたい、もう一品頼もうかな」と思ってしまう程でした。聞くところによると、太宰はやはり、お酒を飲むと饒舌になったそうです。
 美味しいです、と言うと、お二人とも嬉しそうな笑顔になるのが分かりました。

 私は、ここで1時間程ゆっくりしていきましたが、お二人とも優しく、親切でした。少々値段は張るが、それだけの価値のある鰻重です。近くまで来た方は、是非寄ってみてください。
 
by dazaiosamuh | 2014-04-04 21:32 | 太宰治 | Comments(0)