太宰が見た富士山 二日目

 前日に泊まった安ホテルは実に粗末なホテルであった。河口湖駅から徒歩数分の場所にあるのだが、私は素泊まりで予約を取ったため、途中、コンビニで夜と朝の分の食料を買ったのである。安ホテルに到着し部屋に案内されたのだが、想像以上に狭く不潔であった。部屋の鍵も少し力を加えれば今にも壊れそうな造りであった。部屋の真ん中で一人ただずむ自分がいた。これならまだ自分のアパートの方が幾分ましだ。エアコンも自分の部屋の方がまだましである。
 こんな部屋にいるくらいなら風呂にでも入って疲れを癒そうと思い、浴場に行くと湯船が二つあった。大小二つの湯船だ。一つは畳六畳分、もう一つは僅か二畳分しかない。湯が張られているのは二畳分の湯船だけであった。しかもタイルが剥げていたり変色していた。ここでも思った。自分のアパートの方がましだと。
 
 部屋に戻りテレビで明日の天気予報を見ると、曇り時々雨の予報であった。明日はいよいよ天下茶屋である。今日はもう嫌なことは忘れて早く寝ようと思い、コンビニで買って来たパンに噛り付き、寝床に入った。実に寂しい初日であった。

 翌日起きた私は、朝食のパンを頬張り早速天下茶屋に向かうべくバスに乗車した。
 天下茶屋は河口湖駅からバスで四十分程の所だったと思う。雨は降っていなかったが、やはり曇り空であった。バスの中で一人溜息をついたのであったが、いざ天下茶屋に着くと前日の疲れも吹き飛んだ。
 ここが太宰が実際に滞在した聖地なのかと思うと、私の心も少しずつ晴れてきた。
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 天下茶屋に入る前に、まずは太宰と同じ角度で富士山を拝むことにした。
 ここに来る前から前日の天気予報を見て富士を拝むことはできないだろうなと思っていたが、それでも中々悔しく悲しいものだ。前日と同様、一片も見えないのだ。皆無であった。
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 ここからの景色は本来ならば、富士三景の一つに数えられていて代表観望台と言われていた。太宰は「富嶽百景」で富士について書いているので引用してみよう。

ここから見た富士は、むかしから富士三景の一つにかぞえられているのだそうであるが、私は、あまり好かなかった。好かないばかりか、軽蔑さえした。あまりに、おあつらいむきの富士である。(中略)私は、ひとめ見て、狼狽し、顔を赤らめた。これは、まるで、風呂屋のペンキ画だ。芝居の書割だ。どうにも注文どおりの景色で、私は、恥ずかしくてならなかった

 また、太宰好きは知らない人はいない、有名な言葉も残している。

三七七八米の富士の山と、立派に相対峙し、みじんもゆるがず、なんと言うのか、金剛力草とでも言いたいくらい、けなげにすっくと立っていたあの月見草は、よかった。富士には、月見草がよく似合う

 実はこの時、太宰が見た月見草については太宰文学研究者たちの間では色々と疑問が湧いている。
 それは、太宰が富士山を見たのは日中らしいのだが、月見草はその名の通り夕方開いて、朝には萎む習性があるとのこと。そのため「金剛力草とでも言いたいくらい、けなげにすっくと立っていた」というのは、研究者たちの間では疑問となっているのだ。
 しかし、太宰は『人間失格』を読んでも分かる通り、実話を美しく脚色することに秀でた作家である。

 彼の虚構は美しく絶妙なほどに完璧なのだ。
 もしかしたら、太宰の目に映る月見草は他人がどう言おうと輝いて見えたのかもしれない。

 

by dazaiosamuh | 2014-01-15 21:55 | 太宰治 | Comments(0)