太宰の故郷を旅する 2日目 №4 金木を惜しむ

 芦野公園を出た私は、公園のすぐ横にあるカフェ『駅舎』に入りました。その名の通り、昔駅舎として使われていたのですが、今は『駅舎』を店名にした喫茶店として使われています。
 
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 メニューに『昭和の珈琲』というのがあって、太宰が好んだ味を再現した珈琲だそうです。中に入ると、旧駅舎をそのまま利用しているため、木の温もりが感じられ、落ち着いた雰囲気となっていました。私は、入口からすぐの席に腰を下ろしました。入って左奥には女性三人が雑談に花を咲かせ、私のすぐ目の前の席には、こちらも三人の背広を着た営業マンでしょうか、何やら書類を見て、忙しそうに話込んでいました。店員さんは、若い女性と年配の女性の二人だけでした。私は早速、太宰が好んだ味を再現したという『昭和の珈琲』を頼みました。この時、ケーキセットがお得ですよと言われたので、どうせならと思い注文しました。若い女性が運んできたのですが、この時、「太宰が好んだ味を再現した珈琲なんですよね?」と聞くと、「あぁ、そう…ですね」と曖昧な返事でした。返事は曖昧でしたが、この店員さんは太宰になどまったく興味がないことだけはハッキリと分かりました。
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 肝心の珈琲はというと、私は珈琲の味の違いなどは分からない男なので、ただ上手い。としか言えません。それとケーキは、予想以上に小さかった。珈琲を啜りながら、私は図々しいことを考えました。それは、電池の切れたデジカメを充電させてもらえないかということでした。若い方の店員さんが通った時、小さい声で「あの、すみません、お願いがあるのですがデジカメの電池を充電させてもらえないですか?」というと、快くお願いを聞いてくれました。帰りの電車の時間が迫ったいたため、少しだけのんびりしていき店を出ました。
 快く充電させてくれた若い女性の店員さん、ありがとうございました。

 来た道を戻り、再び『斜陽館』の前を通り折角なので充電したデジカメでまた何枚か外観を撮りました。こういった有名人の足跡をたどるのは、その時の本人の心境や経験、年齢によって気持ちが変わるはず。自分は次に来る時どんな気持ちでここに立っているだろうかと、しみじみ思いながら金木駅へ。

 発車間際に到着しメロス号に乗り込むと、『斜陽館』で一緒に館内を回った年配の女性が寄ってきて、「乗り遅れたのかと思いましたよ」と声を掛けてきてくれました。車内でお互いこの旅で撮った写真を見せ合いました。彼女は若い時から太宰が好きだったようですが、結婚し家庭を持ってからは生活に追われ、来る機会がなかったようです。何十年もファンから愛され続ける太宰は幸せだなと思うと同時に、少しだけ嫉妬しました。
 太宰は自分の生まれたこの金木町のことを、小説『津軽』で『どこやら都会ふうにちょっと気取った町である。善く言えば、水のように淡泊であり、悪く言えば、底の浅い見栄坊の町という事になっているようである』と書いている。
 そんな金木町も、今では「太宰の生まれ故郷、金木」、「太宰の生家のある金木」として、気取る必要も見栄を張る必要もない、一人の素晴らしい文学者の歴史を背負った由緒ある町となっています。

 新青森に到着し女性と別れる時、「悔いのない人生を生きてください」と言われました。私はこの旅で、太宰の生きた町に感激、興奮しました。しかし、それ以上に人との出会い、出会った人からの言葉が一番こころに染みました。
 こんな良い出会いがまたあると信じて、太宰の聖地めぐりを続けていけたらと思います。
by dazaiosamuh | 2013-12-30 22:29 | 太宰治 | Comments(0)