太宰の故郷を旅する 1日目 №3 浪漫の町を歩く

 前回に続いて弘前の散策です。
旧弘前市立図書館のすぐ目と鼻の先には、弘前市立郷土文学館があるのですが、ここには郷土出身で明治以降それぞれの分野で活躍した作家達の直筆原稿や手紙、資料などが展示されています。主に常設されている作家は、陸羯南、佐藤紅緑、葛西善蔵、福士幸次郎、一戸謙三、高木恭造、平田小六、今官一、そして太宰治だ。
 約200点ほど展示されていて、これらの貴重な資料を通して、彼らの業績を振り返ることができる。青森出身の作家を知らない人は、ここで興味のある作家を見つけて、その人物の足跡を辿るのもいいかもしれない。是非、立ち寄っていきたいところ。
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 今日泊まる宿をまだ決めていなかったため、ここら辺で宿探し。旅行案内パンフレット、持参した旅行雑誌片手に、料金、距離等を踏まえてコール。旧弘前市立図書館から徒歩でおよそ5、6分の旅館を確保。まだ少しだけ時間があるので2ヶ所の教会を見に行くことにしました。
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 最初に訪れたのは、神聖な空気が流れるロマネスク式の礼拝堂、カトリック教会です。明治43年(1910)に建築されたこの教会は、モルタルの白壁と、高くのびたエメラルド色の尖塔を持つロマネスク様式。天井は弓なりのアーチ型で、祭壇は荘厳なゴシック風。この祭壇は、慶応2年(1866)に制作されオランダの聖トマス教会から譲り受けたものらしいです。
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 美しいステンドグラスには、岩木山、りんご、津軽三味線など弘前が描かれており、こちらはカナダのカーロン神父から贈られたものです。
 この教会を建築したのは、以前にも出た、名匠堀江佐吉の弟、横山常吉とのこと。兄弟揃って洋風建築家だったのですね。

 二つ目の教会は、明治39年(1906)に建築された、東北最古のプロテスタント教会日本キリスト教団弘前教会です。名匠堀江佐吉の四男、斎藤伊三郎がパリのノートルダム大聖堂をモデルに作ったとのこと。なぜ100年もの時を経て、今も建設当時の姿を見せているのかというと、柱、壁、床、屋根などがすべて青森県産ヒバの総づくりのため。2階には、約30畳にも及ぶ畳敷きの観覧室などがあり、和洋折衷の造りも興味深い。
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 1日目はこれにて終了、疲れを癒すために予約した宿へ。
 私が泊まった旅館は、『石場旅館』という明治12年に造られた老舗の旅館で、実は先ほど訪れた日本キリスト教団弘前教会のすぐ横にあります。黒塗りの付け梁と白い漆喰壁が、この城下町弘前の風情を醸し出しています。 
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 太宰は、この弘前で高校時代に憧れの作家・芥川龍之介の自殺に衝撃を受けたり、同人誌『細胞文芸』の創作、義太夫を習い、小料理屋で出会った芸妓の小山初代との逢瀬、可愛がっていた弟・礼治の敗血症による急死などを経験している。
 この弘前という町は、太宰にとってどんな町として記憶に残っているのでしょうか。

 今日で弘前は終了になります。明日はいよいよ太宰の実家であり記念館にもなっている『斜陽館』へと向かいます。
by dazaiosamuh | 2013-12-22 16:33 | 太宰治 | Comments(0)