遠い空の向こうへ

tushima.exblog.jp

太宰についてほそぼそと記事を書いてます

ブログトップ
 先日、仕事帰りに地元のブックオフに立ち寄り、文学のコーナーへ行くと、『太宰治 100の言葉』という本を見つけた。タイトルの通り太宰治の名言を集めた本で、ちょうど最近は仕事で疲れていたりなどして、家と会社の往復だけのような状態であったため、改めて太宰から人生に役立つ、勇気を貰える、共感できる言葉を貰おうと思い購入しました。
c0316988_10585426.jpg
自分の苦悩に狂いすぎて、他の人もまた精一ぱいで生きているのだという当然の事実に気付なかった。』(東京八景)
 仕事や人間関係、病気など色々なことで頭がいっぱいになると、私も自分のことばかりで他人も精一杯生きているんだということになかなか気付けない。辛いのはみんな一緒なのだ。

生きている事。ああ、それは、何というやりきれない息もたえだえの大事業であろうか。』(斜陽)

 この言葉は、私が太宰の本を2冊目に読んだ『斜陽』で書かれた言葉で、20代前半に、「人生とは何なんだろう、生きるとは何なのだろう」ともやもやしていた頃に共感した記憶がある。苦しくても、生きて生きて生き抜くというのは、本当に大事業だといまでも思っています。

愛は、この世に存在する。きっと、在る。見つからぬのは、愛の表現である。その作法である。』(随筆「思案の敗北」)
人間の生活の苦しみは、愛の表現の困難に尽きるといってよいと思う。この表現のつたなさが、人間の不幸の源泉なのではあるまいか。』(惜別)
愛は、最高の奉仕だ。みじんも、自分の満足を思っては、いけない。』(火の鳥)

 太宰は『愛』について語る人であった。愛の苦悩者と言ってよいと思う。数年前に、青森で太宰の親戚にあたる津島廉造さんから太宰治がどういう人間であったか、話を聞かせてもらったが、『彼(太宰治)は、愛に苦悩した人だったと思います。』と語っていたのが印象的であった。
 愛に満ち溢れた人生であれば素晴らしいが、その愛によってすべてに絶望することもある。愛は、たしかに存在する。表現することが難しい。その通りだと思う。

 紹介したこの本から何個か載せましたが、この本だけでなく、自分で太宰の本を読んでいて気に入った言葉がたくさんあり、載せたい名言が山ほどあるが、長くなってしまうので、最後にもう一つだけ、『ヴィヨンの妻』から。
人間三百六十五日、何の心配も無い日が、一日、いや半日あったら、それは仕合わせな人間です。


[PR]
# by dazaiosamuh | 2018-05-20 11:01 | Comments(0)

by 黒森 富治大(くろもり ふじお)