遠い空の向こうへ

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太宰の他に映画等、色々載せれたらいいなと思っています。

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 1階をひととおりまわったので、今度は2階へ進む階段を一段一段ゆっくり上がっていきます。
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 陽の差し込む階段。木の温もりが心地よい。長身の太宰は床を軋ませながら2階へ上がったことだろう。
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 上りきると、眼の前に便所があった。瞬間、私は富嶽百景の、あの場面を思い出した。
東京の、アパートの窓から見る富士は、くるしい。冬には、はっきり、よく見える。小さい、真白い三角が、地平線にちょこんと出ていて、それが富士だ。なんのことはない、クリスマスの飾り菓子である。しかも左のほうに、肩が傾いて心細く、船尾のほうからだんだん沈没しかけてゆく軍艦の姿に似ている。三年まえの冬、私は或る人から、意外の事実を打ち明けられ、途方に暮れた。その夜、アパートの一室で、ひとりで、がぶがぶ酒のんだ。一睡もせず、酒のんだ。あかつき、小用に立って、アパートの便所の金網張られた四角い窓から、富士が見えた。小さく、真白で、左のほうにちょっと傾いて、あの富士を忘れない。窓の下のアスファルト路を、さかなやの自転車が疾駆し、おう、けさは、やけに富士がはっきり見えるじゃねえか、めっぽう寒いや、など呟きのこして、私は、暗い便所の中に立ちつくし、窓の金網撫でながら、じめじめ泣いて、あんな思いは、二度と繰りかえしたくない。
 富嶽百景のなかで印象に残る場面の一つである。
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 金網は無いが、今でもその便所の四角い窓は健在である。私もついでに用を足しながら景色を眺めましたが、自然豊かな景色が広がっており、違う意味で感嘆の溜息が出た。来てよかったと立小便しながらしみじみ思った。私もここから見た景色を、決して忘れない。
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 便所の扉も当時のままで、内鍵も太宰のいた当時からのものだそうです。私の世代だと初めてみる木製の鍵です。これも閂の一種でしょうか。木だけで造られており、何とも心細い。もし用を足している時に、誰かが急いで駆け込んできて、勢いよく開けようとしたらあっさり壊れるんじゃないかと不安になる。そのときのお互いの気まずさと照れくささを思わず想像し、1人で苦笑してしまった。
 太宰がいた当時からあるということは、当然太宰も触ったのだ。触らないわけにはいかない。
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 べたべた触る。ひたすら触りまくる。たとえ太宰が碧雲荘を出てから数えきれない人たちが後から触っていようとも。太宰が触れた場所に触れることに、意味がある。

 今ままで生きてきて、これほど便所に興奮、感激したのはこれが初めてであった。便所を見れただけでも大分を訪れて良かったとさえ思った。
 私は幸せ者だなあとつくづく感じた。


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# by dazaiosamuh | 2017-05-17 08:44 | 太宰治 | Comments(2)

by 黒森 富治大(くろもり ふじお)