遠い空の向こうへ

tushima.exblog.jp

太宰の他に映画等、色々載せれたらいいなと思っています。

ブログトップ
日曜毎に友人たちが遊びに来るのだ。私たちは、もう、みよの事を忘れたようにしていた。私は友人たちと必ずピクニックにでかけた。海岸のひらたい岩の上で、肉鍋をこさえ、葡萄酒をのんだ。弟は声もよくて多くのあたらしい歌を知っていたから、私たちはそれらを弟に教えてもらって、声をそろえて歌った。遊びつかれてその岩の上で眠って、眼がさめると潮が満ちて陸つづきだった筈のその岩が、いつか離れ島になっているので、私たちはまだ夢から醒めないでいるような気がするのである』(思い出)
c0316988_22244580.jpg
 太宰と友人たちが肉鍋、葡萄酒に歌を歌って気持ちよく寝た岩の上というのは、裸島のことだと思われる。裸島は高さ33mの巨岩で、本当かただの伝説なのか、『むかし、裸島の頂上にオオワシにさらわれた我が子を助けるため、素手で岩を登ろうと必死に岩肌を引っ搔いた母親の血で染まったため、今の形になった』と言われているらしい。なんともおっかないエピソードである。結局我が子を救うことはできたのかは定かではない。
 太宰は浅虫温泉に対して『津軽』で、『この浅虫の海は清冽で悪くは無いが、しかし、旅館は、必ずしもよいとは言えない。』とし、『寒々した東北の漁村の趣は、それは当然の事で、決してとがむべきではないが、それでいて、井の中の蛙が大海を知らないみたいな小さい妙な高慢を感じて閉口したのは私だけであろうか。自分の故郷の温泉であるから、思い切って悪口を言うのであるが、田舎のくせに、どこか、すれているような、妙な不安が感ぜられてならない。私は最近、この温泉地に泊った事はないけれども、宿賃が、おやと思うほど高くなかったら幸いである。これは明らかに私の言いすぎで、私は最近に於いてここに宿泊した事は無く、ただ汽車の窓からこの温泉町の家々を眺め、そうして貧しい芸術家の小さい勘でものを言っているだけで、他には何の根拠も無いのであるから、私は自分のこの直覚を読者におしつけたくないのである。むしろ読者は、私の直覚など信じないほうがいいかも知れない。浅虫も、いまは、つつましい保養の町として出発し直しているに違いないと思われる。
 ただ、青森市の血気さかんな粋客たちが、或る時期に於いて、この寒々した温泉地を奇怪に高ぶらせ、宿の女将をして、熱海、湯河原の宿もまたまさにかくの如きかと、茅屋にいて浅墓の幻影に酔わせた事があるのではあるまいかという疑惑がちらと脳裡をかすめて、旅のひねくれた貧乏文士は、最近たびたび、この思い出の温泉地を汽車で通過しながら、敢えて下車しなかったというだけの話なのである』と書いている。
c0316988_22243477.jpg
 私は浅虫温泉を訪れて、『小さな妙な高慢』は別段感じず、『田舎のくせに、どこか、すれているような』印象も受けなかった。太宰が訪れた当時とはだいぶ町の雰囲気も違うかもしれないが、太宰はあえて自分の故郷の悪口を言いつつも、実際にそこを訪れた読者に「なんだ、とても良いところじゃないか」と言わせたいのかもしれない。貶されるまえに自分で貶すところがあるように思う。
『遊びつかれてその岩の上で眠って、眼が覚めると潮が満ちて陸つづきだった筈のその岩が、いつか離れ島になっているので、私たちはまだ夢から醒めないでいるような気がするのである』とロマンチックに描かれているが、『浅虫のかずかずの思い出は、鮮やかであると同時に、その思い出のことごとくが必ずしも愉快とは言えない…』と述べている。
 故郷に対する複雑な思いがあるのだろう。

 だらだらと続いてしまったが、太宰治と浅虫温泉の記事は終了になります。


[PR]
# by dazaiosamuh | 2017-06-26 22:28 | 太宰治 | Comments(0)

by 黒森 富治大(くろもり ふじお)