遠い空の向こうへ

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太宰の他に映画等、色々載せれたらいいなと思っています。

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 最後は、同じく玉川上水での写真で座っているポーズになります。太宰は切なそうな表情で、ゆるく流れる玉川を眺めていますね。私はその太宰の憂いを帯びたような表情を作ることがなかなかできず、ただ不貞腐れたような表情になってしまっています。
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 太宰の玉川上水の写真を見て、ふと、あれっ、と思った人も居ると思います。太宰は立ち姿の写真数枚は、マントを着ていますね。しかし、座っている写真はマントは着ていません。
 これは、同じ場所で一度に撮ったものではないからです。撮った順番は、玉川上水の岸辺に座り込んでいる写真が3カット、次に陸橋が5カット、そしてどうやら撮影の合間に休憩を挟んで、『千草』で軽く飲み、喉を潤してからまた玉川上水へ。そして玉川上水でマント姿で3カット。その後、駅前の踏切前で3カット、古本屋で3カット、最後は山崎富栄の下宿先であり、太宰が死ぬ間際まで仕事をしていた部屋で5カットとなっているようです。
 撮影者の田村茂も、まさか撮った場所で心中してしまうなんて思ってもみなかったと思います。その時の太宰の様子等はどうだったのでしょうね。
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 白黒版も載せます。白黒の方がそれらしく見えますね。
 着物でのモノマネの記事は、一応今回で最後になります。また後で時間があるときに着物を着て、太宰のゆかりの地で色々写真を撮ろうと思います。

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by dazaiosamuh | 2016-05-30 18:15 | 太宰治 | Comments(2)
 今日、仕事帰りに、銀座のバー・ルパンで軽く飲んだ。毎月1回は必ず足を運ぶ。先月ぐらいまでは2週間に1回は行っていたため、月に1回だと、「おお、久しぶりだね」となる。
 いつもの席に腰かけると、「太宰が幼少時に金木で地獄絵を見たお寺を知っているか」と言われたので、「知っています。雲祥寺でしょ」と答えたら、「実は昨日、その雲祥寺の住職がここに来たんだよ」と教えてくれました。私は来月の太宰治生誕祭の日に金木に行こうと思っていたところだったので、話をしたかったです。どうせならルパンで酒を交わしながら何か話を聞きたかった。

 来月のその生誕祭に参加した際は、雲祥寺にも立ち寄って、住職と何か語ることができればと思っています。

 それとマスターが、急に棚をごそごそと探りだし、昔に太宰が載った雑誌やらルパンが紹介された時の雑誌などを引っぱりだして私に寄越した。
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 こちらは週間東洋経済で1991年10月25日発行のものです。バー・ルパンのことが少し載っていたので、今さらですが一部抜粋します。
『そして、この店の常連だったのが、里見惇、菊池寛、川端康成、太宰治、坂口安吾、織田作之助、石川達三……、近代文学史を飾るそうそうたる文士たちである。』

 『常連』だったと書かれているが、実は太宰は常連というほどルパンへは来ていない。あの珍しくベストを着用し、兵隊靴で椅子に片膝立てて座っている写真が有名になってしまったがために、太宰がルパンへよく通ったと思われるようになってしまったのであろう。この雑誌の記事はやや大げさに書かれたのかもしれない。
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『酒を楽しむ人の雑誌 乾杯』92年春号になります。『…戦後も織田作之助、太宰治、坂口安吾など、多くの文士に愛された…』と、こちらも似たようなことが書かれてありました。
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『EDGE』1989年冬号。古いですね。当時のルパンの写真が少し載っています。ファッション誌ですね。しかしながら今見ると服装も古いので参考にならず…。
 よくまあ今まで残してたこと。マスターから、いらないからあげると言われ、せっかくなので貰って帰りましたが、3,4冊を通勤カバンに入れたら結構重く、家に着くころにはかなり肩が凝ってしまいました。
 重たい思いをして帰ってきたので、どうせならと思い、記事にしました。


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by dazaiosamuh | 2016-05-25 22:03 | 太宰治 | Comments(0)
 その日、三鷹の陸橋での撮影を終えた私は友人Sさんと、場所を移して玉川上水へと向かいました。三鷹の玉川上水は太宰が山崎富栄と心中した場所でもあるので、感慨深いものがあります。
 太宰はここで5、6枚ほど写真を撮っています。その写真も田村茂によるものです。太宰治と田村茂はその日のうちに陸橋、玉川上水、飲み屋『千草』、古本屋、山崎富栄の下宿先、野川家の2階などで撮影したようです。
 玉川上水での太宰の写真は、立っている写真が3枚、座っている写真も3枚になる。
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 今回は立っている写真になります。太宰の写真は、私の写真のように、顔を玉川へと向けて切ない表情をした写真と、カメラ目線の写真、それから後ろの木に寄りかかった写真がある。
 この時は、一つの方向を向いた写真しか撮らなかったのと、日光の当たる方向が真逆であった。しかも歩道から柵を乗り越えなければ立つことができない。周りからの冷たい視線を浴びつつ、私とSさんは撮影に専念しました。
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 一応、白黒版も載せます。やはり白黒の方がしっくりくる気がします。写真を撮るにあたって気をつけたのが、なるべく背景が同じになるように、後ろの木が似たポジションを探しましたが、日光のあたる時間帯は考えていなかったため、上手く撮ることができませんでした。

 この玉川上水での立ち姿での写真は、あと2カットの真似写真を撮りたいので、またあとで友人に頼み込むしかないですが、流石に暑い季節がやってくるので、当分はお預けになりそうです。来冬が待ち遠しいです。


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by dazaiosamuh | 2016-05-23 20:35 | 太宰治 | Comments(0)
 今回は、陸橋の階段を下りている姿です。太宰好きなら必ず見かけたことのある写真ではないでしょうか。太宰の写真だと、少し俯いて右足を下段に下ろそうとしている写真ですね。太宰の隣には、私たちから見て右隣りに、ちょこんと座ったおじいさん?が居り、少し左斜め上にはコートを着た男性が立っていますね。
 では私の写真に移っていきたいと思います。
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 どうでしょうか。橋の位置、角度を見ると、殆ど正確に近いと思いますが、やはり私自身の角度が良くないようです。もう少しカメラに対して真直ぐに向いていれば良かったと思います。顔の俯く角度も若干違います。この際、太宰のようなオーラがないのはご了承願いたいが…。
 友人Sさんが、「隣に座ってるおっさんがいませんね」と冗談なのか本気で言っているのか分かりませんでしたが、今、こうして写真を改めて見ると、座っているおじいさんとコートを着た男性もいれば、さらに再現度の高いモノマネ写真になったと思います。
 そういえば、銀座のバー・ルパンのマスターにこの写真を見せたら、「隣に座っているおじいさんもいなきゃダメだよ」と言っていたことを、記事を書いていて思い出しました。
 友人Sさん曰く、「凝りだしたらきりがない」ですね。しかし、初めてにしては上出来ではないでしょうか。

 次回は、三鷹・玉川上水での写真を載せます。

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by dazaiosamuh | 2016-05-19 20:30 | 太宰治 | Comments(0)
 似たような写真になりますが引き続き載せていきます。今回はほぼ真横から撮った写真です。太宰のほぼ真横の写真を見ると、肩の位置と顔の位置がかなりずれており、相当な猫背の姿勢だったのか、わざと肩を上にあげたのか、独特なポーズになっています。真似するのがなかなか難しい写真の1枚です。
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 ただ単に真横から撮るだけなら簡単なのですが、その太宰の肩の張った体勢がかなり難しいです。私は小柄で160cmくらいしかないのですが、太宰は175,6cmほどあったようなので、太宰は橋の手摺に右腕を置き、そこに体重をかけているのであのような姿勢ができたのだと思うのですが、私は背が低いため、右腕を置くと猫背のような姿勢は難しく、無理にでも顔を前面に押し出さないと同じ写真にはできません。かと言って、それをやると不自然な写真になってしまいます。なので若干違いますが、これが自然な写真でしっくりくると思います。
 それと気になったことがありますが、太宰の写真を見ると、太宰の着ているマントは自身の身の丈よりも大きめのサイズを着ていると思います。私はピッタリのSサイズですが、太宰は2Lサイズでしょうか?

 太宰の陸橋の写真は、心中して亡くなる約4カ月前の写真になりますが、一体どのような思いで、橋の上から景色を眺め、写真を撮られたのでしょうか。今となっては誰にも分かりませんね。

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by dazaiosamuh | 2016-05-15 19:15 | 太宰治 | Comments(0)
 前回に続いて陸橋でのポーズを載せます。真新しさは感じないかもしれませんが、前回書いた通り、太宰はこの陸橋で4,5枚ほど写真を撮っているのでそれぞれのポーズを真似た写真を載せています。
 今回は、下から上にカメラを向けて撮った写真です。太宰も大体ですが、この角度から写った写真があります。
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 こちらも同様に、太宰の写真を見つけて、比較してみてください。この下からの角度が、友人Sさん曰く、非常に難しい角度の写真だったみたいです。分かる人は分かると思いますが、やはり若干角度が違います。太宰と全く同じ陸橋での撮影にも関わらず、全く同じ絶妙な角度で撮るのは、相当難かしく(もっとも太宰はプロのカメラマン、田村茂によって撮られたのだが)、モデルになっている私も、何度も太宰の写真を見ては同じだと思う角度、方向を向いているつもりだったのですが、これがやってみると案外に難しい。目は隠していますが、太宰の表情は、険しいような、切ないような、憂いを含んだ顔をしているような気がします(表情が1番、難易度が高いと思われます)

 「あの時、もうちょっとこの角度でポーズを取っていれば、もうちょっとカメラの角度がこっちから撮れていれば」と色々とやきもきする自分が今さらいます。
 あとでまた友人を無理矢理連れて、リベンジしたいです。

 あともう1回だけ、同じポジションから似たような写真を載せる事になります。

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by dazaiosamuh | 2016-05-11 20:28 | 太宰治 | Comments(0)
 友人のSさんと共に、次は三鷹の陸橋を訪れました。太宰治はその三鷹の陸橋がお気に入りだったようで、数少ない太宰の写真の中でも陸橋で写っている写真は5枚ほど残っている。
太宰治が玉川上水の岸辺に座り込んでいる写真が3カット。そして跨線橋へ。これが5カット。しかし、この跨線橋の写真は、2カット目で切れていて、次のコマが、あの有名な跨線橋の上での上半身の写真と続くのだが、どうもこの間に数カットの欠損した部分があるのではないかと推測される。このフィルムは6コマ中、2コマが感光されてなくて真っ黒であることも不思議で、コマ送りで不具合があったのかも知れない。』(太宰治と旅する津軽

 太宰の陸橋での写真は、昭和23年(1948)2月に撮られたもので、撮影者はどれも田村茂によるものです。太宰が山崎富栄と玉川上水で心中したのはその年の6月。死ぬ3,4カ月前に撮られた写真だ。そのためか、太宰の写真を見ると陰鬱というか、暗澹たる雰囲気を纏っているようにも見える。作家としてだけでなく、酒、煙草、薬、自殺未遂、心中未遂、非合法、借金などを若くして経験してきたからこその風格がある。だからこそ見るものを圧倒するのだろう。太宰の写真は書籍やネットですぐに見つける事ができるので、ぜひ読者は太宰の写真と見比べながら私の写真を見てほしい。
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 どうでしょうか。一応ポーズなど頑張って見ました。自分がポーズを真似るのと、撮影する側から見るのとでは結構違うみたいで、実は相当難しい。煙草は勿論、ゴールデンバットです(私は普段吸いません)。
 この陸橋は太宰治がいた当時からあるものなので、荻窪の碧雲荘が無くなった現在、太宰のゆかりの建築物として非常に貴重なものだと思います。
 場所はほぼ同じで、太宰が実際に立っていた場所はもう少し後ろの金網がある付近になります。当時は金網は無かったのですが、現在は安全のために設置されています。全く同じ立ち位置で撮ろうとすると、煙草を持った右腕を置くことができないためポーズをとることができません。なので実際より少し前の方で撮りました。

 ポーズは真似できても、やはりその太宰独特の雰囲気(陰鬱さというのか、波乱な経験を積んだ者のオーラというのか)までを出す事はできない。たかが真似事かもしれないが、難しく奥が深いと思いました。

 似たような写真になってしまいますが、数回この陸橋の記事を載せます。

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by dazaiosamuh | 2016-05-08 12:13 | 太宰治 | Comments(2)
 碧雲荘と三鷹の陸橋で撮影することが目的で、一番はやはり、碧雲荘を背景に、着物とマントを着た状態での撮影が撮りたかったのだ。
 しかし、友人の協力のもとでの撮影は間に合わなかったのであった。
 友人と共に訪れる、僅か数週間前に工事の準備のための白い幕に覆われ、敷地前には立ち入り禁止のテープが張られていた。がっくりであった。
 それでもその幕の後ろにはまだ碧雲荘があるので、一応撮りました。ちなみに後ろに回れば碧雲荘は見れましたが、解体が少し進んだ状態になっていました。
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 こちらが正面から撮った写真です。背景は残念でなりません。
 ここに来た時、友人に「これでは意味がありませんね。辞めますか」と、自分が友人を無理矢理連れて来ておきながらこんな弱音を吐くと、友人は「何を言ってるんですか!! たとえ幕に覆われていても、この後ろに、正真正銘、碧雲荘があるんですよ!幕で見えなくとも、そこにあるんです! 撮りましょう!」
 私ははっとしました。そうです。一応建物自体はあるのです。この白い幕のすぐ後ろに碧雲荘があるのです。我に返り、「そうですね!撮りましょう!!」となり、パシャパシャと撮った写真の一枚です。
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 太宰が芥川龍之介を真似したポーズ(手を顎に当てている部分)を真似して見ました。この通りは住宅地で狭いのですが、意外にも人通りは多く道行く通行人は、変人を眺めるような目で一瞥し、それでも撮影の邪魔にならないよう、足早に過ぎて行きます。私からしたら背後に碧雲荘があるため、興奮しながらドヤ顔でポーズを決めていたのですが、通行人から見れば、なんでこんなところで着物で写真なんか撮ってるんだろうと思われても仕方ありません。しかし私は堂々と胸を張って写りました。

 そして今度は裏手に回ります。後ろは丸見えなので写真が撮れますが、すでに解体が始まっていたので、完璧な状態での撮影はできませんでした。それでもやはりこちらも撮ることにしました。
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 解体の進む碧雲荘の裏手での写真です。一生懸命解体作業をする作業員の方々がいました。一人写ってますが分かりますでしょうか。もし私が作業員だったら碧雲荘を解体などしたくないので、きっと仕事を放棄したか、阻止したことでしょう。着物の着こなしは少しいまいちかもしれませんが、この格好で出かけるのはこれで2回目なので(1回目はひとりでここへ来ました)、着物に詳しい方がいましたら、大目に見てもらえればと思います。

 そういえば、この日は荻窪駅前で待ち合わせしたのですが、着物にマント姿で友人を待っていると、このときもジロジロ見られ、あげくの果てにいざ友人が私を発見し目が合うと、失笑しながら「うわあ!シュールだなあ、その姿。」と言い、再び笑い、「超シュールですね。」と言いました。
 私はもう恥ずかしい思いをして、ただ笑っているだけでした。まるで恥でもかいたかのような面持ちでした。
 この待ち合わせはとても印象に残っています。
 荻窪で碧雲荘の写真を撮ってから三鷹へ移動しました。

 次回は三鷹での陸橋などを数回に分けて載せていきます。

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by dazaiosamuh | 2016-05-03 18:29 | 太宰治 | Comments(2)

by 黒森 富治大(くろもり ふじお)