遠い空の向こうへ

tushima.exblog.jp

太宰の他に映画等、色々載せれたらいいなと思っています。

ブログトップ

<   2016年 01月 ( 6 )   > この月の画像一覧

 ずっと前から太宰の作品を使った国語のテキストみたいなものはないのだろうかと思ってた。そんな時に書店でぶらぶらと新書コーナーを見ていたら、あった!!
 タイトルはズバリ、『太宰」で鍛える日本語力』!!
c0316988_19151006.jpg
 祥伝社から出版されている新書サイズの本です。著者の出口汪(でぐちひろし)氏は、プロローグで、日本語力、豊かな感性、会話力、語彙力をどうやって、しかも手軽に鍛えればよいかを述べている。
何も難しい理屈はいらない。習うよりも慣れよである。世に文章の天才が何人もいる。彼らの文章を真似てみることである。その呼吸まで体得すればよい。(中略)
 よろしい。
 私が最高の先生を紹介しよう。しかも、家庭教師料は無料である。
 では、太宰先生、よろしくお願いします。


 うわああ!!こちらこそ太宰先生、よろしくお願いします!!
c0316988_19151953.jpg
 では、折角なので1問だけ試しに解いてみましょう!!
問題1】(思い出からの出題
黄昏のころ私は叔母と並んで門口に立っていた。叔母は誰かをおんぶしているらしく、ねんねこを着て居た。その時の、ほのぐらい街路の静けさを私は忘れずにいる。叔母は、てんしさまがお隠れになったのだ、と私に教えて、生き神様、と言い添えた。いきがみさま、と私も興深げに呟いたような気がする。(  )、私は何か不敬なことを言ったらしい。叔母は、そんなことを言うものではない、お隠れになったと言え、と私をたしなめた。どこへ隠れになったのだろう、と私は知っていながら、わざとそう尋ねて叔母を笑わせたのを思い出す。

  文中の(  )に入る言葉を次の中から選びなさい。(3点)
 ①さて ②つまり ③それから ④しかし

 分かりましたか? この本には一応簡単な解説もついています。
解説
 私が生き神様と呟いたことと、次に何か不敬なことを言ったこととは、時間的順番に並べられているから、
 答えは、③番の(それから)になります。


 さて、皆さんはやってみてどうでしかた?もちろん私も正解です。まあ1問目ですから簡単ですね。何気に(3点)とか書いてありました。点数があるようです。
 出題作品は、『思い出』『苦悩の年鑑』『東京八景』『姥捨』『富嶽百景』『女の決闘』『グッド・バイ』の7作品です。問題数は全部で134問!!
 問題を全て解き終えた後はしっかり採点しよう!!
 90点以上が日本語博士レベル、70点以上が日本語上級レベル、50点以上が日本語中級レベル、50点未満は日本語初級レベルとなるようです。

 さあ!あなたは何問正解できるでしょうか!?


[PR]
by dazaiosamuh | 2016-01-31 19:18 | 太宰治 | Comments(2)
 下手くそな歌声の主は先ほど船に乗り合わせた同じ医専の周樹人という学生であった。しかもどうやら言葉になまりがあり、東京者ではなかった。
僕はどうも、景色にイムポテンツなのか、この松島のどこがいいのか、さっぱり見当がつかなくて、さっきからこの山をうろうろしていたのです。」
c0316988_20251654.jpg
 何かトトロでも出て来そうな道ですね。ここは雄島という島です。島と言っても孤島ではなく陸地と繋がっていますが。
c0316988_20253440.jpg
 周さんも「僕にも、わかりません」と同意し、松島はそれでもこの静けさが良いと言い、たびたび単語を独逸語で言うのであった。そして『私』が出身を尋ねると、『僕は支那です』と答え、『私』は即座に納得した。同じ年に清国留学生が一名入学していたこと、そして唱歌の下手くそなことも理解した。
その松島の丘の上でも、相手が支那の人と知ってからは、大いに勇気を得て頗る気楽に語り、かれが独逸語ならばこちらも、という意気込みで、アインザームの鳥などという、ぞっとするほどキザな事まで口走ったのであるが、かの留学生には、その孤独(アインザーム)という言葉がかなり気に入った様子で…
 周さんと『私』はまるで肉親のように親しくなっていった。
ああ。」と周さんは振りかえって、「これで完成しました。何か、もう一つ欲しいと思っていたら、この松の枝を吹く風の音で、松島も完成されました。やっぱり、松島は、日本一ですね。」
「そう言われると、そんな気もしますが、しかし僕には、まだ何だか物足りない。西行の戻り松というのが、このへんの山にあると聞いていますが、西行はその山の中の一本松の姿が気に入って立ち戻って枝ぶりを眺めたというのではなく、西行も松島へ来て、何か物足りなく、浮かぬ気持で帰る途々、何か大事なものを見落としたような不安を感じ、その松のところからまた松島に引返したというのじゃないかとさえ考えられます。

c0316988_20254456.jpg
 雄島から撮った松島と遊覧船。景色に思わず心が和みます。
 周さんと『私』、2人は熱く語り合った。互いに自身の故郷の風景の良し悪しを言い合っては、また互いに尊敬しあった。すでに陽は沈もうとし、『山から降りて海岸に出た。海は斜陽に赤く輝いていた。

『惜別』は太宰独自の周樹人が描かれている。到底魯迅が言わないであろう台詞もある。政治的言動が多く含まれており、太宰の作品にしては珍しい。ある解説には、『太宰治は若き魯迅を自己と同一化させて描き情報局などの国策小説の裏をかこうという構想を抱いていた。』とある。太宰は文豪魯迅を通して、中国と日本の関係性を訴えようとしていたようだ。当時の情勢や国同士の関係性が窺われますね。太宰も真剣に考えていたようです。

 松島の記事はこれで終わりになります。
 余談になりますが、せっかく仙台に来たので牛タンを食べて帰ろうと、夜たまたま通りかかった牛たん炭火焼のお店に入り牛タンを食べていると、酔った男性に絡まれてしまった。その人は夫婦で来店しており、その店の常連でもあった。私が太宰好きで太宰のゆかりの地を旅していると話をしたら、そういう生きがいがあって羨ましいと言っていた。それでも酔っているとはいえ、話をしていると何だか落ち着く人であった。その内、奥さんも話に加わり楽しいひと時を過ごさせてもらったが、この夫婦の仲睦まじさがとても印象に残っており、逆に私にはそれが羨ましかった。
 東京なんかにいないで仙台に来い、と言っていた。仙台もいいなと思ったが、太宰のゆかりの地をまわるには東京を拠点に活動するのが非常に便利なのだ。
 ちなみに、その時私のブログの名刺を渡したら、その時のことをブログに載せたらどうだと言ってくれたので、今回最後に少しだけエピソードを載せました。
c0316988_20490417.jpg
c0316988_20491241.jpg
 ついでに仙台のクリスマスイルミネーションを貼っておきます。なかなか綺麗でした。
 また仙台を訪ねたときは寄りたいと思います。


[PR]
by dazaiosamuh | 2016-01-25 18:43 | 太宰治 | Comments(0)
とうとう或る二日つづきの休みを利用して、日本三景の一、松島遊覧を志した。』(惜別
『惜別』は、或る一老医師が書いた手記で、その老医師が若い頃、仙台医専に在学中に後に大文豪・魯迅となる周樹人と共に過ごした時の話が『私』によって語られる内容だ。

 先月、12月24日、25日を私は松島、仙台で過ごした。『惜別』で主人公『私』は松島遊覧船に乗り、松島湾を見物した。太宰が実際に遊覧船に乗ったかは定かではないが、私も松島遊覧船に乗って眺めてみたかったのだ。実は太宰が魯迅を調査しに仙台へやってきたのも、同じクリスマスの時期なのだ。太宰は昭和19年12月20日の夜、仙台へ向かい、21日の朝に仙台に到着。河北新報社や東北帝国大学医学部に行ったり、魯迅の下宿跡を調査したりなど資料、情報集めに努めた。そして12月25日の朝仙台を発ち、夜に帰宅した。
c0316988_15053142.jpg
c0316988_15054572.jpg
 松島海岸駅です。『惜別』では塩釜から遊覧船に乗っていますが、私は最後に遊覧船でのんびり景色を見て帰りたかったので松島から塩釜へ向かうコースで乗りました。
c0316988_15055452.jpg
 私が乗ったのはたしか遊覧船『あすか』だったと思います。私は折角なので別料金を払ってグリーン席に乗ったのですが、見て分かる通り、私以外誰もいませんでした。貸し切り状態です。24日に乗ったので、カップルが多いのかなと思ったのですがガラガラでした。これはこれでラッキーですね。

塩釜の古びた安宿に泊まり、翌る朝、早く起きて松島遊覧の船に乗ったのであるが、その船には五、六人の合客があって、中にひとり私と同様に仙台医専の制服制帽の生徒がいた。鼻下に薄鬚を生やし、私より少し年上のように見えたが、でも、緑線を附けた医専の角帽はまだ新しく、帽子の徽章もまぶしいくらいにきらきら光って、たしかに今秋の新入生に違いなかった。
 しかし、『私』は不愉快でならなかった。理由は『私は船客の中の唯一の高潔な学徒として、大いに気取って、松島見物をしたかったのに、もうひとり、私と同じ制服制帽の生徒がいたのではなんにもならぬ。しかもその生徒は都会人らしく、あかぬけがしていて、どう見ても私より秀才らしいのだから実にしょげざるを得なかった』からだ。
 そして目が合えば卑屈な愛想笑いをし、松島を眺め楽しもうにも、どうにもその生徒が気になり、『芭蕉の所謂、「島々の数を尽して欹つものは天を指し、伏すものは波にはらばふ、あるは二重にかさなり三重にたたみて、左にわかれ、右に連る。負へるあり、抱けるあり、児孫を愛するが如し。松のみどり細やかに、枝葉汐風に吹きたわめて、屈曲おのづからためたる如し。…(略)」の絶景も、甚だ落ちつかぬ心地で眺め、船が雄島の岸に着くやいなや誰よりも先に砂浜に飛び降り、逃げるが如くすたこら山の方へ歩いて行って、やっとひとりになってほっとした。
c0316988_15051701.jpg
 グリーン席の料金を払うと、展望デッキに上ることもできる。船から撮った松島湾に浮かぶ小島。アナウンスの説明を聞いていると、松島のそれぞれの小島には名が付けられているようだ。果たして太宰は松島の景色を堪能したのでしょうか。5年前の津波により、形の変わってしまった島もあるようです。展望デッキにあがると思っていたほど松島の潮風は寒くはなかったが、風邪を引いてはつまらないのですぐに船内に戻りました。
『私』は、優秀らしい生徒と乗り合わせ惨めな思いをし、にわかに興が覚め、それならばと富山に登って、是非とも1人で心ゆくまで松島の全景を鳥瞰し、遊覧船での失敗を埋め合わせしようと思いつき、草を掻き分け苦労して山を登るも、道を間違え、しかも山の裏山に出てしまった。そこでうとうと居眠りしていると、どこからか小学唱歌が聞こえてくる。大人の声で、しかし、調子はずれで異様に下手くそなのであった。自身も歌の下手な『私』は妙な親近感を覚え、是非その主に会いたいと起き上がり、その所謂下手くそな歌声に吸い寄せられるように歩を進め、いざ御対面すると、先ほどの船で同乗した同じ医専の優秀らしい生徒なのであった。

 ここから『私』と周樹人はしだいに親しくなっていくのであった。
 №2へ続く。


[PR]
by dazaiosamuh | 2016-01-21 15:11 | 太宰治 | Comments(2)
 月刊雑誌『男の隠れ家』の2月号は『名作の舞台を往く』と題して、有名作家たちそれぞれの簡単な生い立ち、代表作などが魅力的に掲載されている。そしてこの2月号の表紙には、太宰治の写真が使われています。
c0316988_21300498.jpg
 太宰治や川端康成、三島由紀夫、志賀直哉、伊藤左千夫など総勢12人の文豪たちが紹介されている。太宰治は主に名作『津軽』の足跡を辿り、簡単な説明とともに、青森の太宰ゆかりの場所、生い立ちや太宰のコンプレックス、故郷・津軽に対する想いなどが『切なくも温かな心の風景をたどる屈指の名作』として紹介されている。
c0316988_21301706.jpg
 『代表作の『人間失格』や『斜陽』などはその暗いイメージを固定化させているが、一方で面白おかしくほろりと心に染み入る作品も数多く、太宰の文章力の多様性、素晴らしさには改めて脱帽させられる。』と書かれていましたが、まったくその通りで、『人間失格』『斜陽』がヒットしたこともあり未だに暗い印象が多くの人に持たれている。がしかし、紹介されている『津軽』はただの紀行文ではない。ただの思い出話でもない。太宰の故郷への愛やクライマックスにある小さい頃に母親のように慕ったタケとの感動的な場面などがあり、読んでいるこちらも心がぽっと温かくなる、太宰の故郷への思いが詰まった屈指の名作なのだ。
c0316988_21302757.jpg
 太宰のゆかりの場所が、当然プロが撮ったからであるがいい具合に写真が載っている。竜飛の港の写真が載っているが、まだ私は竜飛方面へは行ったことがない。見ているとおもわず旅に出掛けたくなる。食慾をそそる料理の匂いと同じく、おもわず旅に出たくなる、そそる風景写真というのもいやらしいが、しかし、旅情は何度味わってもいいものなのだ。

[PR]
by dazaiosamuh | 2016-01-15 21:33 | 太宰治 | Comments(0)
 お正月は実家に帰省し、家族と一緒に太宰治の歌留多で遊ぶつもりであった。そう、太宰治の歌留多があるのである。その名も、『太宰歌留多』!!
c0316988_11283883.jpg
 実は去年、荻窪の歴史文化を守る会が主催した『太宰に会う、又吉に会う』に行ってきた際の記事を書きましたが、その時、色々グッズを購入していました。その時の一つがこの『太宰歌留多』です。お正月に帰省したとき、実家で遊ぼうと思っていたのだが、持って帰るのをすっかり忘れていた。お正月はすでに過ぎてしまったが、ここで紹介しておかねば来年に持ち越しになってしまうので、載せる事にしました。
c0316988_11284855.jpg
 鮮明で綺麗な写真がカードにプリントされています。そして太宰の作品の一文が、そのまま歌留多のお題として書かれています。
 例えば『あ』
『「あれが、」僕の家、と言いかけて、こだわって、「兄さんの家だ。」と言った。けれどもそれはお寺の屋根だった。(故郷)』

 『あ』のカードの写真は太宰の実家で、現在は太宰治記念館になっている『斜陽館』だ。カードには、何の作品なのか分かるようにちゃんと作品名も載っている。

 ついでにもう一つ、『や』。
『「や! 富士。いいなあ。」と私は叫んだ。富士ではなかった。津軽富士と呼ばれている一千六百二十五メートルの岩木山が、満目の水田の尽きるところに、ふわりと浮かんでいる。(津軽)』

 もちろんカードの写真は岩木山だ。この太宰歌留多は主に、作品『津軽』から引用されている。次に多いのが『思い出』。他にも『帰去来』『故郷』などからも使われているが、ほとんどが『津軽』からのお題だ。
 遊ばなくてもぱらぱらと見ているだけでも楽しいが、やはりせっかくなら遊んでみたかった。仕方がないので来年のお正月の楽しみに取っておこうと思います。
 歌留多を使って楽しみながら太宰の作品や故郷を覚えることもできるので、小さい子供の勉強にもなり、老若男女楽しめて一石二鳥ですね。
 太宰歌留多大会とかあればいいのに。

[PR]
by dazaiosamuh | 2016-01-11 11:31 | 太宰治 | Comments(6)
 先月、太宰治のペンケースの記事を書き、その時某通販サイトで発見したと書いたが、実はそれと同時に岩波文庫の本をモチーフにした太宰治(人間失格、グッドバイ)の文庫本ケースを発見していた。
c0316988_20500153.jpg
 こちらがその文庫本ケースです。英語で『No Longer Human、Good-bye』とあり、なぜ英語? と思いましたが、よく考えれば外で持ち歩くときに日本語で『人間失格・グッドバイ』と書かれていたら、ちょっと使いにくいですが、英語で書かれているとむしろオシャレでカッコいいかなと思います。
c0316988_20500934.jpg
c0316988_20501747.jpg
 少しゆとりのあるケースなので、厚さのある文庫本でもバッチリです。人間失格の文庫なら2冊入ります!!写真では分かりませんが、ペン刺しとポケットが3つ(小2つ、中1つ)あります。小ポケットは小さすぎてあまり利用価値は無いかもしれません。人間失格のようにページ数の少ない薄い文庫本なら、一緒にスマホも入れることもできます。無理に文庫本ケースとして使う必要は無く、むしろ小ポケットも付いているので、女性なら小物入れとして使うのもありですね。
 ちなみにお値段は、こちらも某通販サイトで3000円しました。結構なお値段なので保管用にもう1つ買おうか迷うところです。

[PR]
by dazaiosamuh | 2016-01-05 20:52 | 太宰治 | Comments(2)

by 黒森 富治大(くろもり ふじお)