遠い空の向こうへ

tushima.exblog.jp

太宰の他に映画等、色々載せれたらいいなと思っています。

ブログトップ

<   2014年 11月 ( 6 )   > この月の画像一覧

無事、大任を果たしました。どんな大任だか、君は、ご存じないでしょう。「これから、旅に出ます。」とだけ葉書に書いて教え、どこへ何しに行くのやら君には申し上げていなかった。てれくさかったのです。また、君がそれを知ったら、れいの如く心配して何やらかやら忠告、教訓をはじめるのではないかと思い、それを恐れて、わざと目的は申し上げずに旅に出ました。』(みみずく通信
c0316988_22160766.jpg
 太宰は昭和15年11月16日、案内役の野本秀雄(新潟高等学校卒、東京帝国大学文学部国文科在籍)と共に上野駅を発ち、新潟駅に到着した。旧制新潟高校で講演を行うためであった。太宰は旧制新潟高校で講演を終えた翌日、佐渡へと渡っている。
 今回、私は佐渡へは行かずに、主に『みみずく通信』の太宰の足跡を辿ってみた。

けさ、新潟へ着いたのです。駅には、生徒が二人、迎えに来ていました。学芸部の委員なのかもしれません。私たちは駅から旅館まで歩きました。何丁くらいあったのでしょう。私は、ご存じのように距離の測定が下手なので、何丁程とも申し上げられませんが、なんでも二十分ちかく歩きました。新潟の街は、へんに埃っぽく乾いていました。捨てられた新聞紙が、風に吹かれて、広い道路の上を模型の軍艦のように、素早くちょろちょろ走っていました。道路は、川のように広いのです。電車のレエルが無いから、なおの事、白くだだっ広く見えるのでしょう。』(みみずく通信
c0316988_22210259.jpg
 太宰が『新潟の街は、へんに埃っぽく乾いていました。』などと書くものだから、私も最初から先入観で、埃っぽい街なのだと思いながら、新潟駅に到着したのでした。
 いざ到着すると、別段、埃っぽいとは思いませんでしたが、私が訪れたのは今年の10月のことで、雨も少し降っていたこともあり、秋風がぴゅうぴゅうと頬を撫でる度に、ずいぶん寂しい季節に来てしまったものだと思ってしまった。ちなみに、『捨てられた新聞紙が、風に吹かれて、広い道路の上を模型の軍艦のように、素早くちょろちょろ走って…』はいませんでしたが、雨を含んだ秋の枯葉が、風に吹かれて、時には交差点の真ん中で、小さく渦を巻き、そうして道路の横脇にたどり着き、ほっと一息ついているような様子でした。

 ブログの更新が遅くなってしまっていますが、自分のペースで根気よく書いていきたいと思います。
 次回は、萬代橋を載せます。

[PR]
by dazaiosamuh | 2014-11-28 22:25 | 太宰治 | Comments(0)
私の眼には、何の事も無い相変わらずの「東京生活」のごとくに映った。』(メリイクリスマス

 皆さんは、太宰治の作品『メリイクリスマス』に登場するシヅエ子ちゃんが、実は実在する人物がモデルで、しかも、新宿でバーを経営していることをご存じだろうか。
 その人の名は、林聖子さんです。そう、『メリイクリスマス』に登場するシヅエ子ちゃんとは、林聖子さんがモデルなのです。
 聖子さんの経営するバー『風紋』は、2011年に開店50年を迎えています。すごいですね。それを記念して、50年の歴史を綴った本、『風紋五十年』が2012年に出版されています。
『風紋五十年』を読んだ私は、居てもたっても居られず、是非、風紋を訪ね、林聖子さんにお会いしたいと思い、つい先日行ってきました。
c0316988_19331089.jpg
 文壇バーと聞いていたため、来る前は少し緊張していたが、何だろう、お店の前まで来てみたら、なぜかホッとしてしまった。私は開店時間ちょうどに来たのですが、入口で準備をしていた林聖子さんの息子・林卓さんがおり、話かけ入ろうとしたところ、何と、今日は朗読会の日で、予約しなければ入れないとのこと。しかし、卓さんは、「隅っこでこっそりしていれば大丈夫だよ」と言ってくれて、突然予約もなしに来た私をお店に入れてくれました。

 ビールを頼み飲んでいると、本日の朗読者である、フリーアナウンサーで朗読家の中村雅子さんが来て(ちなみに私が一番乗り)、それからぞくぞくと予約をしていたお客さんで、席はもう、満席であった。約30人ほどが集まり、そのうち男性は私を入れて4人だけであった。和服を着た女性も多く、「今日は和服率が高いですね!」などと、和やかな雰囲気で朗読はスタートした。
 
c0316988_19332758.jpg
 朗読作品は『メリイクリスマス』『親友交歓』の2つ。朗読を聞くのは、私は生まれて初めてだったのですが、その熱の入れように、ただ圧倒された。中村雅子さんのその熱の入った朗読には、林聖子さんも「上手いわねえ」と言っていた。
 ちなみに、私はカウンターの端っこに座っていたのですが、偶然、林聖子さんが私の隣に座り、中村雅子さんの朗読に聞き入っていた。太宰治と話をしたことがあり、しかも、『メリイクリスマス』に登場するシヅエ子ちゃん本人を目の前に朗読するとなれば、さぞ緊張したと思います。素晴らしかったです。(パンフレットに日付が書いてあるので、私が訪れた日がばれてしまいますね)

 朗読が終わり、初めて林聖子さんにお会いするお客さんは、緊張しながらも嬉しそうに話かけていた。そういう私はというと、本人を目の前に緊張していたことと、あまりズバズバと質問ばかりも良くないと思い、少しだけに留めておきました。
 私は朗読が始まる前にすでにビールを飲み干していたのですが、「何かお飲み物は頼まなくていいの?」と心配してくれたり、すっと、灰皿を私の前に置いてくれたりなど、とても優しい方でした(私は煙草は吸わないのですが…)。
 そして、思い切って写真をお願いすると、笑顔で一緒に撮ってくれました。さらに、持参した『風紋五十年』にサインまで書いてくれて、とても思い出になる時間を過ごさせていただきました。
 
c0316988_19333716.jpg
 帰り際、聖子さんに「今日はありがとうございました。また来ます。」と言うと、聖子さんの方から右手を差し出し、握手をしてくれました。聖子さんの暖かい温もりのある手を忘れません。ありがとうございました。あと、予約をしていない私をお店に入れてくれた卓さん、ありがとうございました。

 本当は、作品の紹介や他のお客さんと聖子さんとの会話など、色々書きたかったのですが、あまりに長文になってしまうので、割愛させていただきました。

『風紋』は、どこか人を落ち着かせる、温もりのあるバーでした。なぜもっと早く行かなかったのだろうと思った。
 かつて文壇バーと呼ばれた『風紋』は、今でも多くのファンが訪れ、賑わいをみせています。今では林聖子さんから息子の林卓たんに引き継がれ、元気に続いています。
 私たちにできることは、新しい人たち、新しい世代に伝えていくことだと思うので、文豪太宰治も含め、林聖子さん、林卓さんの『風紋』を多くの人に伝えていきたいと思います。


[PR]
by dazaiosamuh | 2014-11-22 19:42 | 太宰治 | Comments(0)
 太宰治が吸っていた煙草は、以前、2回ほど紹介した。一つは『ゴールデンバット』、もう一つは『ピース』だ。
 そして、今回新たに紹介する煙草は『キャメル』になります。

 野原一夫『回想 太宰治』からです。
富栄さんが酒と食料を買いに外に出たとき、太宰さんはキャメルという外国煙草を一箱私にくれて、「この煙草はあれの稼ぎでね。進駐軍の兵隊から、お金をとるかわりに煙草をもらって、それを俺にまわしてよこすんだ。」
c0316988_21462969.jpg
 煙草『キャメル』は、文字通りラクダの意味で、パッケージにはラクダのマークが入っています。『キャメル』は1913年にアメリカで誕生しましたが、あまり日本人にはなじまず、メンソールの発売により一時回復したものの、確立した人気銘柄にはなることができず、2011年5月には東日本大震災の影響でそれまで販売していた商品を販売終了した。しかし、販売再開を多く要望され、ドイツから輸入する形で欧州を中心に世界20カ国以上で販売されている『キャメルブラック・ボックス』と『キャメルホワイト・ボックス』を販売することになり、現在、東京都と神奈川県のみ通常販売しています。
 太宰が吸った『キャメル』はアメリカ製のフィルターの付いていない、両切りタイプの一番初期の煙草だったと思います。タール24mg、ニコチン1.8mgの強い煙草だったと思います。
c0316988_21460419.jpg
 こちらが『キャメルブラック』です。タール10mg、ニコチン0.8mgで、一箱440円(20本入り)です。『ゴールデンバット』『ピース』の時と同じですが、私は普段煙草は吸わないので、味のよさは分かりませんのでご了承ください。
c0316988_21461738.jpg
 そしてこちらが『キャメルホワイト』になります。タール6mg、ニコチン0.5mgで、ブラックよりは少し弱いですね(私にも一応強さの違いが、吸ってみて分かりました)。ホワイトも価格、入り本数は一緒です。

 野原一夫は三鷹時代の太宰の編集者で、玉川上水で遺体があがった時も立ち会った人物です。
 ちなみに、太宰が吸った煙草で、もう一つ判明しているのは、『チェリー』なのですが、こちらもやはり、2011年3月の東日本大震災の影響により、廃止になっており、現在も販売が再開する予定などはないようです。
『キャメル』が復活したのなら、『チェリー』もぜひ再開してほしいですね。



[PR]
by dazaiosamuh | 2014-11-17 21:50 | 太宰治 | Comments(0)
 仙台での太宰聖地巡りは、日帰りだったこともあり、時間の都合上、松島方面へは行くことはできなかった。それともう一つ、行って見たい場所に、『みちのく伊達政宗歴史館』があった。実はそこに太宰治の蝋人形がある。前にバー・ルパンや桜桃忌で撮影に協力してくれた友人Sさんが、そこを訪れた際に偶然発見した。Sさんは親切に、その太宰の蝋人形を写真で撮り、そうして私に送ってくれたのであったが、正直言うと、どうにも感想に困る、少し残念な出来具合であった。
c0316988_20395662.jpg
 どうだろう。これが『みちのく伊達政宗歴史館』にある太宰治の蝋人形である。全く似ていないとも似ているとも言い切れない。しかし、やはり何とも残念な貧相な顔をしていると私は思う。髪が非常に情けなくぺっちゃんこなのが目につく。『走れメロス』や『斜陽』、『人間失格』を書いた文豪作家とは、とても思えない。まるで覇気を感じない。それとも、実際に太宰に会ったらこんな感じなのだろうか。太宰は女性にモテた男だ、これを見てカッコいいと思うことはまずない、つまり、やはり似ていないのだ。
c0316988_20401673.jpg
 こちらは別の角度から全体を。太宰はともかく、手前に写っているハゲは誰だ!太宰よりそっちが気になるところだ。Sさんはワザとハゲを写してよこしたのか!
 この残念な太宰の蝋人形を一目見てやろうと思っていた理由もあって、松島方面へと行きたかったのだが、又の機会にしよう。
 本当は記事にするつもりはなかったが、折角、Sさんが写真を撮り送ってくれたので、この仙台の記事のついでに載せました。

 最後にもう一言。これは『人間失格』ならぬ『蝋人形失格』だ。

[PR]
by dazaiosamuh | 2014-11-12 20:58 | 太宰治 | Comments(0)
 仙台での太宰のゆかりの地の記事は前回で、一応、終了になります。しかし、太宰は仙台へ数回来ていて、仙台市内の東一番丁、塩釜方面、松島方面なども色々訪れていますが、私は今回日帰りで仙台に来ていたため、廻ることはできませんでしたので、また次回、訪れる予定です。
 仙台に来た時、私はついでに仙台NHKにも寄った(寄ったと行っても外観を撮っただけである)。ある小冊子に、太宰の肉声について触れていたからだ。
c0316988_12425384.jpg
 これは、青森にある発行所「桜桃のつどい」から出された『桜桃 №29 夏季号』で、「乙乙録(その八)」~太宰の声と祖父の声~というタイトルで、小野正文が載せたもので、こう書かれていた。

私の記憶力の曖昧さと不精ぶりの証明にしかならないが、まめな人たちに期待したいのは、次のことである。
 太宰の録音が仙台のNHKにあればある筈だという点である。(中略)店のラジオから、誰かが、文章を朗読する声が聞えてきた。聞いたことのある声であり、読んだことのある声である。終始聞いたのか、途中からだったか忘れた。太宰治が「思い出」の一節を読んでいたのだとわかった。(中略)東北出身の名士や芸術家の「ふるさとへ寄せる言葉」というシリーズであった。あとで、小冊子になった第二集には太宰の名はなかった。第一集の方に載ったのであろう。
 その方は入手できなかったし、目による機会もなかった。その放送は、たけに聞かせたかったのだが、彼女は聞かなかったらしい、と「津軽」で太宰は書いている。他の人たちは文字通り、ふるさとへ寄せる言葉を録音放送したのに、太宰だけは、自分の作品朗読で間に合わせた。というよりも、まともに自分の感想を述べるのを避ける気持と、自作朗読という彼独特のナルチシズムとからであったろう。それが昭和十X年Y月Z日であったとすれば、情報資料の保存ということで信用のできる仙台のNHKのどこかに、太宰の声は残っている筈である。

c0316988_12430991.jpg
 こちらが現在の仙台NHKです。ついでに中を見学しようかと思ったら、事前の予約が必要なようで見学できませんでした。
 太宰はラジオ放送のことを『津軽』に少し載せています。
四、五年前、私は「故郷に寄せる言葉」のラジオ放送を依頼されて、その時、あの「思い出」の中のたけの箇所を朗読した。故郷といえば、たけを思い出すのである。たけは、あの時の私の朗読放送を聞かなかったのであろう。何のたよりも無かった。

『津軽』に書かれている通り、故郷といえば、自分の子守で母のように慕った、たけを思い出し、そのラジオ放送も、故郷と言えばたけ。つまり、たけに寄せた朗読放送だったのだ。しかし、肝心のたけはラジオ放送を聞いていなかった。
 それと、太宰は人前などで自身の感想等を述べるのはあまり得意ではないようであった。旧制新潟高校での講演の時も、『走れメロス』、『思い出』などの一節を交えながら、しかし、かなり熱を入れてしゃべったらしい。

 そして、肝心の太宰の肉声はというと、私は仙台へ行く何週間か前に、どうせ有力な情報は手に入らないと思いつつ、仙台NHKへメールで問い合わせた。
 質問は、昭和14、15年頃に太宰治が「故郷へ寄せる言葉」と題してラジオ放送をした録音が仙台NHKに残ってるという情報を聞いたのですが、何かありましたら詳しい話を聞かせてもらえないでしょうか、といった感じの内容で質問した。

 すると、数日後、仙台NHKから返信が来ていた。

黒森 富治大 様
 いつもNHKの番組やニュースをご視聴いただき、ありがとうございます。
 折角お問い合わせをいただきましたが、昭和15年頃の仙台放送局での太宰治に関する番組についてですが、大変古い内容であり、当時の担当者も既に退職しておりますので、残念ながら詳細はわかりませんでした。
 あしからずご了承ください。
 今後とも、NHKをご支援いただきますようお願いいたします。
 お便りありがとうございました。


 やはりダメであった。もともと期待はしていなかったが、それでも残念である。
 太宰の肉声は、誰もが聞いてみたいと思っていることだとは思うが、今となっては、もやは太宰の声を聞ける日は、たぶん、やってこないと思います。

[PR]
by dazaiosamuh | 2014-11-09 12:47 | 太宰治 | Comments(2)
東京にあって、仙台に無いものは市街鉄道くらいのもので、大きい勧工場もあれば、パン屋あり、洋菓子屋あり、洋品店、楽器店、書籍雑誌店、ドライクリーニング、和洋酒罐詰、外国煙草屋、ブラザア軒という洋食屋もあったし、蓄音器を聞かせる店やら写真屋やら玉突屋やら、植木の夜店もひらかれていて、軒並に明るい飾り電燈がついて、夜を知らぬ花の街の趣きを呈し、子供などはすぐ迷子になりそうな雑沓で、それまで東京の小川町も浅草も銀座も見た事の無い田舎者の私なんかを驚嘆させるには充分だったのである。いったいここの藩祖政宗公というのは、ちょっとハイカラなところのあった人物らしく、慶長十八年すでに支倉六右衛門常長を特使としてローマに派遣して他藩の保守退嬰派を瞠若させたりなどして、その余波が明治維新後にも流れ伝わっている……。』(惜別

 太宰は、魯迅調査以外にも仙台市内を練り歩き、その東京にも負けぬ殷賑な繁華街を見ては、感心した。
 私も初めて仙台を訪ねたのですが、太宰と同感であった。太宰が仙台に来た昭和19年には、とっくにハイカラな街になっていたのですね。知りませんでした。
c0316988_13195831.jpg
 青葉城跡に到着しました。大きな鳥居があり、少しどきどきしながら鳥居を潜って進むと、一瞬、「あれ?」と思いました。私は何の予備知識も無くここへ来たのですが、てっきり、少しくらい城の一部でも残っているものだとばかり思っていたのですが、何もありません。『本丸会館』と『宮城縣護國神社』、そして『伊達政宗公立像』があるだけでした。
 折角きたので、神社で参拝し、私も伊達政宗が眺め、見守る仙台市を望見しました。
c0316988_13160793.jpg
 太宰も青葉城へ足を運んだようなので、仙台市をここから眺めているはずです。
私はそのように市内の文明開化に興奮する一方、また殊勝らしい顔をして仙台周辺の名所旧蹟をもさぐって歩いた。瑞鳳殿にお参りして戦勝祈願をしたついでに、向山に登り仙台全市街を俯瞰しては、わけのわからぬ溜息が出て、また右方はるかに煙波渺茫たる太平洋を望見しては、大声で何か叫びたくなり、若い頃には、もう何を見ても聞いても、それが自分にとって重大な事のように思われてわくわくするもののようであるが、かの有名な青葉城の跡を訪ねて、今も昔のままに厳然と残っている城門を矢鱈に出たり入ったりしながら、われもし政宗公の時代に生れていたならば、と埒も無い空想にふけり、(中略)次第に遠方にまで足をのばし、とうとう或る二日つづきの休みを利用して、日本三景の一、松島遊覧を志した。』(惜別

 日曜日だったこともあり、青葉城跡は沢山の観光客で賑わっていました。
 伊達政宗像が見守るなか、変わらず賑わう仙台市。太宰にも、もっとまわりを冷静に、物事を俯瞰して見ることのできる余裕があれば、 もう少し長く生きることができたと思います。
 大地主の家で育った、ハイカラ好きの太宰治。
『この藩祖政宗公というのは、ちょっとハイカラなところのあった人物らしく…』
c0316988_13155676.jpg
 太宰も、伊達政宗のようにこの青葉城跡から街を眺め、いつの日か自身の作家としての実力を不動のものにし、何としても日本一の作家になろうと思いを馳せたのではないでしょうか。

 次回は、仙台NHKと太宰の関連について載せます。



















[PR]
by dazaiosamuh | 2014-11-05 13:24 | 太宰治 | Comments(0)

by 黒森 富治大(くろもり ふじお)