遠い空の向こうへ

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太宰の他に映画等、色々載せれたらいいなと思っています。

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カテゴリ:太宰治( 291 )

 
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 ゆふいん文学の森で、お土産(太宰グッズ)はどれを買おうか迷ったが、我慢できず殆どを購入してしまった。
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【ファイル】
 そういえばお土産を買う際、ファイルは大抵迷わず購入しているような気がする。日常で使いやすい雑貨だからかな。
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【ペンケース】
 使うのが勿体ない。色が白いだけに汚れやすく、なおさらだ。ああ、保管用にもう一つ買っておけば…。
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【巾着】
 これは旅行に行く時に使おうと思ってます。ちょうど巾着が欲しかったところでした。
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【缶バッジ】
 可愛いが、三十路近い男が鞄やリュックにこれをつけるのはちょっと抵抗が…。学生時代なら迷わず付けたはず。全部で5種類。
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【マグカップ】
 家で使うもよし!! 会社で使うもよし!! 私は家かな。
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【オリジナルTシャツ】
 Tシャツの色はblackとwhiteの2種類。サイズはS、M、L。私はblackを購入。ほとんどの人がblackを選ぶと思います。本当はwhiteも欲しかったのですが、お金が…。
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【かぼすピール】
 ビールのつまみにGood。大分県産のカボスの皮を使用。酒好きの友人のお土産にも買いました。
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【オリジナル紅茶】
 ルイボスティー、金時生姜、ハニーブッシュ、ローズヒップ、よもぎ茶をブレンドしたもの。確か2日目に引換券と交換して飲んだ紅茶です。美味しかった。これも友人へのお土産に買いました。オリジナル紅茶はほかにも数種類がたしかありました。
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【かりんとう】
 3種類あります。たしか、右からよもぎ、ゴマ、牛乳だったような…。美味しかったことは記憶にあるのですが…。ちゃんとメモしておけばよかった。
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 お土産を入れる紙袋にも太宰治のイラストが大きく載っている。もったいないので捨てないでおこうと思っていたのに、部屋でこの写真を撮った後、コーヒーをこぼしてしまい、やむを得ず処分しました。

 色々載せましたが他にも、ボールペン、手ぬぐい、手帖、トートバックなどがありました。手帖とトートバックを買おうと思ったら、太宰治のイラストが入っていなかったのでやめました。
  私は2日目にカップの甘酒アイスを食べましたが、夏には甘酒のソフトクリームをやる予定だと言っていました。お土産は今後もどんどん増えそうですね。次回訪れたときは、残りのお土産を購入して、全部制覇しようと思います。

 湯布院で生まれ変わった『碧雲荘』の記事は、一応今回で終了になります。次回訪れたときにまた色々載せたいと思います。記事を読んで興味を持ってくれた方は是非、大分県湯布院にある、『ゆふいん文学の森』に足を運んでみてください。


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by dazaiosamuh | 2017-05-30 03:37 | 太宰治 | Comments(0)
 ゆふいん文学の森は1日だけにして、2日目は別の場所をゆっくり観光しようと最初は考えていたが、いざ生まれ変わった碧雲荘に来てみたところ、なかなか来れるところではないので、他の観光は中止し、ひたすら碧雲荘に甘えることにしたのであった。
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 2日目は前日見なかった細部に目を凝らし、撮っていなかった箇所を写真に収め、例によって引換券とドリンクを交換し、ゆっくり寛いだ。2日目にゆふいん文学の森の館長さんにお会いすることができ、色々と話をすることができた。
 ゆふいん文学の森をただ見せるだけではなく、何かイベント等ができればいいのだが、何か良いアイディアはないだろうかと訊かれた。私はその場で思いつくことを何個か候補に挙げた。真先に思いつくといったら、やはり朗読会だろう。あとは太宰治の故郷・金木で去年開催された太宰治歌留多大会にならって、同じく太宰治歌留多大会はどうか、その他に、将棋大会はどうだろう。太宰はよく将棋も指しており作家仲間と共に阿佐ヶ谷将棋会に出席しているし、また書籍などにも師匠である井伏鱒二と将棋を指している写真が残っている。館長さんはコスプレ大会みたいなのをやるのもいいんじゃないかと言っていた。それも面白いかもしれない。今後どんな碧雲荘へと変っていくのか楽しみだ。
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 ここでは1人でゆっくり読書したい方のために部屋を貸し出している。誰にも邪魔されずに読書をしたい場合、スタッフに申し出れば、『読書中』と記載された札を貰い、それを入口の扉に掛けて、誰にも邪魔されずに1人のの空間を味わうことができるのだ。私もせっかく来たので部屋を借りることにしました。すでに先客が『斜陽』の部屋を借りていたので、お隣の由布岳が絶妙に見渡せる『富嶽百景』の部屋を借りました。その時、どうにも1階で気になっていた『甘酒アイス』を註文しました。
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 パッケージが可愛い。そして美味い!!甘酒アイスは初めて食べましたが、大好きな甘酒と大好きなアイスが同時に食べられる幸せ。至福の時間とはこのことかと大袈裟に考えながら味わいました。
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『富嶽百景』の部屋だけにテレビがあり、朗読家・原きよさんによる、ゆふいん文学の森での太宰作品『富嶽百景』の朗読を甘酒アイスをむしゃむしゃ食べながら見ました。その時、突然うしろの扉が開いたので振り向くと、お隣の部屋を借りていた女性でした。どうやら部屋を間違えたようで、「すみません、失礼しました」と言い、慌てて扉を閉めていきました。私も何と返事していいのか、突然のことで動揺し、「え? はい?」などと言って顔を赤らめてしまいました。
 その後、部屋を辞し1階でまた本棚などを漁って見ていたら、女性スタッフが、「先ほど、お隣の女性が部屋を間違えませんでしたか? その女性が、トイレから部屋に戻る際、部屋を間違えたが、その部屋の男性の雰囲気が太宰治に似ていたと言っていましたよ」と教えてくれました。照れ臭かった。たとえお世辞だと分かっていても、嬉しかった。その女性はいつの間にか私より先に部屋を出て、すでに帰った後であった。
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 あっという間の滞在であった。この後はお土産を買い、スタッフに別れの挨拶をして帰路につきました。2日目は青空だったため、晴々とした清々しい別れでした。

 1日目のゆふいん文学の森を見た後、夕方、私は豊後森駅へ向かいました。人気のない、何だか寂しい駅と町並みでした。ここには駅近くに、旧国鉄豊後森機関庫があります。あまり興味がなかったのですが、銀座のバー・ルパンのマスターが「夜のライトアップが綺麗だから、行って見るといいよ」と言っていたので夜の時刻になるのを見計らって向かったのでした。
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 寂しそうに蒸気機関車(9600型 29612号)がそこにいました。この機関車は、福岡県志免町から譲渡されたもので、『大正8年1月より昭和49年12月まで半世紀以上にわたり長崎本線および唐津線で活躍。原爆投下直後には、大勢の重傷被爆者たちを搬送するなど、その後の救援、復旧に走り回りました。その終身走行距離は2,667,675.6kmに及んでいます。これは地球を実に66周、また地球から月まで3回以上往復したことになります。』とパンフレットに記載されていました。すごい距離ですね。
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 この機関庫は終戦直前に米軍機の機銃掃射に遭い、死者3名を出す惨事があり機関庫の外壁には今も弾痕が生々しく残っているとのことだ。しかし、だからこそ歴史的建造物として価値がある。
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 繁栄と衰退。かつて鉄道の町として栄、最盛期には1日の利用者が5,800人を超えた。多くの人の思い出、昭和の歴史がこの豊後森機関庫に詰まっており、役目を終えた現在は、眺める者たちに静かに語る役に徹している。
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 後方から撮影した、沈む夕陽を真正面から受ける蒸気機関車。豊後森駅を下車し、ここに向かう際、関係者に話を聞いたところ、私が訪れた日は夜のライトアップはないとのことであった。そのため、せめてもと思い夕陽を浴びる機関車を撮ったのだ。夜のライトアップが無いのであれば、ただ真っ暗闇なだけである。夜まで残る意味が無い。たぶんここへはもう来ないであろう、私はそそくさと駅へと向かいました。

 記事は次回で終わりです(と言っても、お土産を載せるつもりなので今回で終了のようなものですが)


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by dazaiosamuh | 2017-05-26 00:14 | 太宰治 | Comments(2)
 最後の部屋は文豪・太宰治が約7カ月間生活した、東京の荻窪にあったときから一番見たかった部屋になります。部屋の名前は『HUMAN LOST』。
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 太宰治の部屋だけは、入るのに胸がどきどきする。「こんにちは~、太宰先生いますか~」なんて言いながら扉を開ければ、「ん、何だね」なんて返事が返ってきそうです。
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 入ってすぐに物置があります。太宰はほとんど家財道具などは持たず質素な生活をする人だったようなので、あまり使わなかったかもしれません。昭和11年11月15日、照山荘アパートから杉並区天沼の碧雲荘に移り、翌年12年6月頃までここで生活した。太宰が碧雲荘で執筆した『HUMAN LOST』は、昭和11年10月13日から11月12日まで入院した東京武蔵野病院での生活を書いたもので、その後、有名作品となる『人間失格』へ集約されている。パビナール中毒の治療のために精神病院に入院させられたことに太宰は非常に精神的ショックを受け、それは生涯、引きずることとなる。退院後、小山初代の過ちを知り、さらに精神的に動揺したことだろう。太宰にとって、碧雲荘での生活は辛いものであったと思う。
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 8畳の角部屋で2階にある部屋の中で一番広く開放的な印象がある。窓を開けると外からの清々しい風が通り抜けいく。
 武蔵野病院を退院してすぐに碧雲荘に移り住んだとき、友人の山岸外史が碧雲荘を訪れたときのエピソードが『人間太宰治』(山岸外史著)に載っている。
この碧雲荘の太宰は、ぼくがいったとき病人のように寝床に横になっていたが、いつか話に興奮しはじめて、床の上におきなおった。太宰がこれほど能弁だったことはないが、「君だけには、ぜひとも話をしたかったのだ」といったり、「昨日退院したばかりだ」ともいったが、じつは二日経っていたのじゃないかと思う。傍には初代さんが黙って太宰の喋るのを聞いていたが、このとき、「いいえ、山岸さん、今日で二日目よ」といったことをおぼえている。太宰がちょいと狼狽したので、初代さんの方が正直なのだ、とぼくは思った。この日の太宰には、そんなところがあった。まちがえたのにちがいない。
 山岸外史によれば、この日ほど太宰が興奮した日はなかったという。法律的な用語も出て、「人権蹂躙」という言葉なども使い、太宰の話す人権について耳を傾けた。
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 小山初代との離別が決まった後、太宰の留守中に小山初代が山岸外史に立会人になってもらい、碧雲荘に荷物を取にいった。
この鏡台、いただいてまいりますワ。よろしいでしょうか」
 そういわれてぼくがふと眼をあげてみると、例の、見馴れている赤塗の卵型の鏡台であった。初代さんは、それを隣りの物置からとりだしてきて室の中央に立って両手にもっていた。鏡台は埃りに塗れていた。そこにも月日があったのである。(中略)初代さんは、その埃りをかぶっていた鏡台を、しきりに布巾で拭いて掃除をしているようだったが、そこにまたあの色っぽい初代さんがいたのである。卵形の朱塗の鏡台の塵を丁寧に拭いている初代さんは、いかにもあの初代さんであった。ぼくは、なにか、アブナイようなアワレサさえ感じたものである。
 こういったエピソードを読んでから太宰の部屋を見ると、一層その時の場景が眼前に展開されるようであった。離別し荷物をまとめ、太宰と一緒に生活していたときに使っていた思い出の鏡台を懸命に拭く小山初代の寂しい姿も想像される。
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 部屋の柱などには釘や画鋲の跡があり、太宰がいた当時からの木材がそのまま使われていることをこの目で見て実感できる。跡は太宰が残したものもあるのでしょうか。ほとんどはその後に住まれた住人のものかもしれません。
 小山初代と離別後、碧雲荘で友人3人での微笑ましいエピソードもある。
碧雲荘で、初代さんが去ってからまもない頃のことであった。太宰、檀、ぼく(山岸)の三人で、夕飯の作り方の腕くらべをしたことがある。(中略)太宰は、この種のことはなにもできなかった。釘ひとつ打つにも不器用だったが、ただ台所をうろうろするばかりであった。「沢庵くらいならば切れるだろう」「箸と茶碗ぐらいなら、並べられるだろう」ということで、そういう役目になった。しかしやがて一同が食卓にむかってみると実際に味噌汁も上出来だったし、飯もよく炊けていて、みなが大いに食った。
「しかし沢庵切りや走り使いというのは、いかにも芸のない仕事だねえ」と太宰がいった。一座大笑いになった。太宰は小説でも書いているとおりに、自分を笑い者にしながら、ひとを笑わせることはほんとうに巧かった。「しかし、女手がないと不自由なものだネ」太宰がふといった。
 檀一雄が米磨ぎから炊くまで、山岸外史が葱の味噌汁作りをした。そんな中、太宰は手提げを持って葱や沢庵の使い走りをし、「箸と茶碗ぐらいなら、並べられるだろう」である。幼稚園児でもできそうなものである。こういう所が、女性がかまってあげたくなるのだろう。
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『HUMAN LOST』から見た由布岳。なかなか悪くないが、スタッフが言っていたように『富嶽百景』の部屋から見た由布岳が一番いいかもしれない。ちなみに各部屋の調度品はすべて当時のものではないとのこと。この部屋でポーズを取りスタッフに写真を撮ってもらったが、恥ずかしいので載せるのを止めました。

 太宰は小山初代と離別後、同じく杉並区天沼の鎌滝富方に単身移転する。その際、蒲団、机、電気スタンドと行李ひとつで移った。
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 ひととおり見てまわり、1階の庭に面したテーブルで珈琲を頂きました。いつまでも時間の許す限りここに居たいと思ってしまう。結局、1泊2日の旅行で翌日も碧雲荘を訪れました。

 記事はあと少しだけ続きます。


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by dazaiosamuh | 2017-05-22 18:05 | 太宰治 | Comments(2)
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 2階には便所と部屋が5つある。上の通路の写真も、ステンドグラスと同じく荻窪時代の碧雲荘の写真が週刊朝日に載っていたので、今回見る事ができて良かった。通路の一番奥の左の部屋が、太宰治が昔住んだことのある部屋になります。手前から順番に部屋を見ていきます。
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 手前すぐ左から入ります。部屋の入口の上部に『富嶽百景』と書かれています。どうやら部屋に名前が付いているようで、スタッフが一生懸命考えて名付けたみたいです。
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 写真が見づらくて申し訳ありません。『富嶽百景』の部屋になります。太宰の聖地めぐりを初めてから何千枚と写真を撮ってきたのに全く上達しません。カメラが備えている機能を未だに使いこなすことができずにいます。部屋は木のフローリング、小さい机にテレビ、座布団とシンプル。
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 押入れは当時のものです。太宰が住んだ部屋ではないので触ってはいないかな。
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『富嶽百景』からから眺めた由布岳です。初日に訪れた時は曇り空でしたが、2日目は青空でした。この『ゆふいん文学の森』のスタッフの1人が、「私はこの『富嶽百景』から眺める由布岳が、一番好きです」と言っていました。
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 続いて通路を挟んで反対、右側の『走れメロス』の部屋です。
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 この部屋だけ唯一ベットがあります。激怒したメロスも思わず寛ぎたくなる。私も横になってみましたが、まるで自分の部屋にいるみたいです。
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 今度は先ほどの『富嶽百景』のお隣の部屋。『斜陽』です。
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 絨毯が敷かれ、ソファーがありました。没落貴族を描いた作品であるから、絨毯にソファーということでしょうか。それぞれ作品のイメージをさり気なく部屋に盛り込んでいるような…。
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 一番奥の部屋は『グッド・バイ』。こちらは畳ですね。そういえば太宰がいた当時から、フローリングと畳の部屋とそれぞれあったのか、スタッフに尋ねるのを忘れていました。未完ながら非常に評価の高い『グッド・バイ』。完成せずに終わってしまったのが惜しまれます。

 ここまで来れば太宰治が住んだ部屋の名前が何の作品名を使っているかは、当時、太宰がこの部屋で執筆した作品を思い出せば、大体想像が付きますね。
 太宰治の部屋は次回、載せたいと思います。


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by dazaiosamuh | 2017-05-19 20:46 | 太宰治 | Comments(0)
 1階をひととおりまわったので、今度は2階へ進む階段を一段一段ゆっくり上がっていきます。
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 陽の差し込む階段。木の温もりが心地よい。長身の太宰は床を軋ませながら2階へ上がったことだろう。
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 上りきると、眼の前に便所があった。瞬間、私は富嶽百景の、あの場面を思い出した。
東京の、アパートの窓から見る富士は、くるしい。冬には、はっきり、よく見える。小さい、真白い三角が、地平線にちょこんと出ていて、それが富士だ。なんのことはない、クリスマスの飾り菓子である。しかも左のほうに、肩が傾いて心細く、船尾のほうからだんだん沈没しかけてゆく軍艦の姿に似ている。三年まえの冬、私は或る人から、意外の事実を打ち明けられ、途方に暮れた。その夜、アパートの一室で、ひとりで、がぶがぶ酒のんだ。一睡もせず、酒のんだ。あかつき、小用に立って、アパートの便所の金網張られた四角い窓から、富士が見えた。小さく、真白で、左のほうにちょっと傾いて、あの富士を忘れない。窓の下のアスファルト路を、さかなやの自転車が疾駆し、おう、けさは、やけに富士がはっきり見えるじゃねえか、めっぽう寒いや、など呟きのこして、私は、暗い便所の中に立ちつくし、窓の金網撫でながら、じめじめ泣いて、あんな思いは、二度と繰りかえしたくない。
 富嶽百景のなかで印象に残る場面の一つである。
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 金網は無いが、今でもその便所の四角い窓は健在である。私もついでに用を足しながら景色を眺めましたが、自然豊かな景色が広がっており、違う意味で感嘆の溜息が出た。来てよかったと立小便しながらしみじみ思った。私もここから見た景色を、決して忘れない。
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 便所の扉も当時のままで、内鍵も太宰のいた当時からのものだそうです。私の世代だと初めてみる木製の鍵です。これも閂の一種でしょうか。木だけで造られており、何とも心細い。もし用を足している時に、誰かが急いで駆け込んできて、勢いよく開けようとしたらあっさり壊れるんじゃないかと不安になる。そのときのお互いの気まずさと照れくささを思わず想像し、1人で苦笑してしまった。
 太宰がいた当時からあるということは、当然太宰も触ったのだ。触らないわけにはいかない。
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 べたべた触る。ひたすら触りまくる。たとえ太宰が碧雲荘を出てから数えきれない人たちが後から触っていようとも。太宰が触れた場所に触れることに、意味がある。

 今ままで生きてきて、これほど便所に興奮、感激したのはこれが初めてであった。便所を見れただけでも大分を訪れて良かったとさえ思った。
 私は幸せ者だなあとつくづく感じた。


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by dazaiosamuh | 2017-05-17 08:44 | 太宰治 | Comments(2)
 
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 碧雲荘は当時、1階が母屋で2階がアパートとして使用されていた。写真の左の玄関が母屋用で、右がアパート用の玄関であった。ここを訪れた際、興奮して当時から使用されている扉や梁などをベタベタさわったりしたが、太宰治と小山初代は主に2階のアパートの一室を使っていたので、母家の方へはあまり来ることはなかったのではと思います。
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 こちらはアパート用の玄関です。太宰治も当然ながら、小山初代や太宰の友人、知人も使った。私がこの玄関で一番目を引いたのは、写真中央上にあるステンドグラスであった。
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 このステンドグラスは私の中である印象が残っていた。昨年の6月頃、碧雲荘の解体が終了し更地となった碧雲荘の跡地を空虚な気持ちで眺め、その後いつも荻窪へ来るたびに寄っていた軽食屋へ行くと、マスターがある雑誌を渡してきた。
 それは朝日新聞出版の6月19日号の週刊朝日であった。マスターが碧雲荘が載ってるよと教えてくれて、中を見ると、少しだけであるが碧雲荘の内部の写真がカラーで載っていた。玄関のステンドグラスが掲載されていたのである。移築を知ったときは、衝撃を受け、日本民家再生協会や碧雲荘の持ち主に直接、中の見学を交渉したが断られてしまったこともあり、碧雲荘の中を写真を撮れなくてもいいから拝見させてもらいたかったと、羨む目でじーっといつまでもこの写真を眺めた記憶がある。そのためにやけに印象に残っていたので、この度、お目に掛かることができて感無量であったのだ。太宰治は100%このステンドグラスを見ているのである。何といっても玄関なのだ、嫌でも目にする。太宰だけではない、太宰の友人知人もみな見ているのだ。楽しかった日も悲しかった日も、晴れの日も雨の日も風の日も。ステンドグラスもまた、太宰治を覚えているのである。

 訪れた方には、是非、このステンドグラスもじっくり見てほしい。


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by dazaiosamuh | 2017-05-12 12:03 | 太宰治 | Comments(2)
 前回、『碧雲荘』の1階にあるグッズコーナー、輪廻転読コーナーを載せたが、他にもギャラリースペースがあり、太宰治の荻窪時代について知ることができる。
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 ギャラリースペースへ向かう途中の廊下から中庭を眺めると大きな岩が、3つある。この岩は荻窪に碧雲荘があった時に庭にあったもので、なんでも、ピースの又吉がこちらに贈ってくれたそうです。太っ腹ですね。苔を付け、綺麗に手入れがされています。太宰も目にしたことがあるかもしれません。
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 こちらがギャラリースペースです。
 昭和11年11月15日、太宰は杉並区天沼1丁目238番地碧雲荘へと移った。武蔵野病院退院後のことである。碧雲荘で太宰は後の有名作品となる『人間失格』の原型といえる『HUMAN LOST』を執筆する。さらに翌12年3月、太宰は小舘善四郎から小山初代との過ちを告白される。手洗いで一緒に用をたしているときであった。その後、初代に厳しく追及し過失を告白させている。太宰に限らず、誰だって他の男から自分の女との過失を突然告白されたら何と言っていいのか、どう反応していいいのか困惑するだろう、それが繊細な心の持ち主である太宰治ならなおの事であろうと思われる。
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 こういう廊下が私は大好きです。思わず写真を撮ってしまいます。ちなみに写真左の扉も当時のままのものです。
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 奥へ行くと脱衣所とお風呂場がありました。いずれは宿泊もできるようにしたいとスタッフが話していました。まさか宿泊までできるようにする計画まで出ていたとは、これほど嬉しく興奮する話はありません!!

 建物の約8割はそのままの材料を使っているとのことで、中を歩き回りながら、「ここを太宰が触ったかもしれない! あっ! ここももしかしたら触ったことがあるかもしれない!」とべたべたと手で触っては、1人でニヤニヤしてしまいます。そこら中が私の指紋だらけかもしれません(特に2階が…)

 まだまだ続きます!!

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by dazaiosamuh | 2017-05-09 20:39 | 太宰治 | Comments(0)

 太宰治原作の『人間失格』の漫画が、今月5月2日発売のビックコミックオリジナル10号から連載がスタートしていることを最近知った。

 なんでもホラー漫画を主に描く伊藤潤二という漫画家とのこと。私は普段漫画は読まないため(太宰治原作の漫画だけは読む)、知っている漫画家はあまりおらず、そのためどんな作品を描いているかも皆目わからなかったが、漫画家・伊藤潤二について、どんな漫画を描いている人物なのか調べたところ、これがまた、なかなかインパクトのある描写を描く漫画家であることを知りました。私のように初めての人間が彼の漫画を見ると(ネットで漫画の画像を見ただけですが)、ちょっと抵抗を感じてしまうのではと思います。


 漫画化についての説明に「独自の解釈でマンガにしていく」とある。漫画化されるとなると、描く人の個性が現われるため、雰囲気などがガラリと変る。そして原作に忠実に描かれているのか、オリジナル的要素が含まれているのかによってもまた全くの別物になってしまうが、伊藤潤二によって『人間失格』がどのように描かれるのか非常に楽しみだ。


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by dazaiosamuh | 2017-05-06 09:44 | 太宰治 | Comments(2)
『碧雲荘』の入り口へ、ドキドキしながら足を踏み入れると、優しそうなスタッフが出迎えてくれた。料金は700円。入場券をもらうと、その券と引き換えにドリンクを飲むことができ、いつでも好きなタイミングで交換することができる。上がってすぐの部屋に入ると、太宰グッズが目に飛び込んできた。
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 写真の右奥が玄関口です。中央に太宰グッズ。マグカップ、ファイル、メモ帳、ボールペン、手ぬぐい、缶バッチ、筆入れ、巾着、Tシャツなど、来たばかりだというのに思わず、どれを買って帰ろうかな、などと足をとめてしまう。
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 グッズのすぐ横の本棚には本がたくさん並んでおり、自由に手に取って読書することができる。
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 奥の部屋(ギャラリースペース)へと続く廊下にも様々な本が並んでおり、すぐ横の椅子に腰掛け、時には庭の景色を眺めながら読書を楽しむことができる。
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 こちらも読書スペースとして、またコーヒーを頂きながらゆっくりと寛ぐことができる。太宰グッズがある部屋のすぐ横にある。私が訪れたときには女性のお客が数名おり、庭の景色を眺めながら、「いやあ来てよかったわね。ゆっくりできて良かった。気持ちが落ち着く。」などと談話を楽しんでいた。
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『輪廻転読』
 この本棚にある本は、自分が持って来た本と交換することができる。自分が今まで読んだ本で、どうしても人に読んでもらいたい!! 自信をもって人に勧めたい!! と思う本をここにある本と交換することができるのだ。逆を言えば、ここを訪れた、どうしても読んでほしい!! との思いから置いていった他の人の本と交換し、そのおすすめの本を読むことができる。※本の交換には「読書カルテ」の記入が必須
 写真は見づらいですが、本棚の上に『輪廻転読』と書かれています。一部抜粋させていただきます。
『本は情報だけでなく、人の記憶、思い出もつないでいくもの。だからこそ本を買って、誰かに売るというその行為に常に誠実さを持っていたい。誰かの手を経てきた本を、また誰かへと届ける。そんな「思いをつなげていく」読書のあり方そのものが、コミュニケーションのひとつの形と考えています。』
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 こちらが『読書カルテ』です。おすすめ度やおススメした人、心に残るセリフ、感想などを書き込み、このカルテと一緒に本を交換する。カルテを書くことによって自分自身も、改めて自分はどこに感動を覚えたのか、なぜこの本を好きになったのかを振り返ることもできる。思わぬ発見をすることもあるかもしれない。それもまた思わぬ楽しみの一つとなるかもしれない。

 自分が置いていった本を誰かが手に取り読んでくれる。また、ここを訪れた本好きの人どうしの出会いにも繋がる、人との輪が広がる。なんて素敵なことだろう。これからどんどん沢山の人が訪れて、人と人との輪が広がっていければと思う。
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 ちなみに、入場券は下部を切り取り、それと引き換えにドリンクと交換することができるのだが…。
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 ドリンクと交換した後は本のしおりとして使うことができ、なかなか凝っている。

 記事はまだまだ続きます。

 

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by dazaiosamuh | 2017-05-05 14:41 | 太宰治 | Comments(2)
 先月末、私は大分県湯布院へ旅に出た。東京・荻窪にあった『碧雲荘』が大分県湯布院町に移築されることが決まり、解体されてから早1年。先月16日に『ゆふいん文学の森』として生まれ変わった。行かないわけにはいかない。GW前に連休を取り、期待を胸に向かったのであった。実は九州を訪れるのは初めてのことだ。行く機会などないだろうなと思っていたが、まさか『碧雲荘』が縁で九州の土地を踏むことができるとは思ってもみなかった。しかし、慣れない飛行機での旅であった。視界不良により十数分到着が遅れ、大分空港から湯布院駅へ向かうバスの時刻ギリギリに文字通り飛び乗り、ようやくバスの中で呼吸を整えることができた。乗客は私と年配の紳士だけであった。車窓から自然豊かな景色を眺めていたが、慌ただしく乗り込んだこともあり、景色を写真に収めることをすっかり忘れていた。大分空港から湯布院駅まではバスで約60分かかったが景色を楽しむことができたため長くは感じなかった。
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 湯布院へ到着し、まずは駅の観光案内所で地図を貰い腹ごしらえをすることにした。駅もそうだが町中が中国人の観光客でやたらと溢れかえっていた。日本人を見つけることの方が難しく、つまり外国人観光客がいなければ、そんなに賑いが無いのかと思えば私は閉口せずにはいられなかった。

 駅前で適当な蕎麦屋を見つけて入り(なぜか昼時であったのに客がいなかった)、わんこそばでも食べるかのようにさっと食べてさっと店を出た。駅でタクシーに乗り、この旅の目的である『ゆふいん文学の森』を告げ向かった。白髪の運転手に、やたら中国人の観光客が多いですが毎日こんな感じなのですか、と尋ねると、はいそうです、8割は中国人です、と答える。賑わうのは多いに結構だが、もっと国内の観光客に訪れてもらいたいと切実に思った(そういう私も九州を訪れるのは初めてですが)
『ゆふいん文学の森』はタクシーで約10分ぐらいで着く、徒歩だと、まあ30分ぐらいかなと教えてくれた。運転手に、今月半ばにオープンしたばかりなのに知っているのですね、と訊くと、そりゃ知ってますともタクシー運転手ですからと答えた。そんな話をしながら言っていた通り、10分もしないで到着した。
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 木に隠れてまだはっきりと見えない。まったく焦らすなんて、嬉しくも憎い建物だ。しかしタクシーで到着してドアを開けた瞬間にご対面というのもびっくりする。入口に向かって一歩一歩、今まで待ち望んだ想いをかみしめ、高まる興奮を抑えつつ、再び出会える感動と期待に胸を弾ませ進んで行く。
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 生まれ変わった『碧雲荘』があった。この正面の景色を東京の荻窪で何度見た事か。再び会えたことにただ感謝、感激するのみです。すぐに中に入ることがもったいなくてできない、しばらく私はぼーっと眺めていました。荻窪にまだ『碧雲荘』があり、湯布院に移築が決まって、持ち主の田中さんが中の物を整理していた時、私はどうしても中を拝見してみたくて交渉したことがあったが、NGであった。湯布院に移築された『碧雲荘』を目の前にして、やはり移築前の『碧雲荘』の建物内を見てみたかったなと思ってしまった。外観は見比べることはできるが、中は見比べることができない。しかし逆に考えてみれば、比べる必要がないからこそ新鮮な気持ちで見つめることができるとも言える。そう思えばいいじゃないかと自分に言い、新しい土地、大分県湯布院で生まれ変わった『碧雲荘』の入り口へと入っていきました。

 青森・浅虫温泉の記事が途中ですが、せっかく先月オープンした『ゆふいん文学の森』へ行ってきたので、こちらを少しづつ紹介しながら書いていこうと思います。浅虫温泉の記事はその後になります。



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by dazaiosamuh | 2017-05-02 23:15 | 太宰治 | Comments(2)

by 黒森 富治大(くろもり ふじお)