『I can speak』では、ある夜に主人公が、外から酔漢の男の声を聞く。主人公がその様子をそっと見てみると、どうやら工場の塀越に、2階の窓から顔を出している女工に向かって男が、『ばかにするなよ。何がおかしいんだ。たまに酒を呑んだからって、おらあ笑われるような覚えは無え。I can speak English. おれは、夜学へ行ってんだよ。姉さん知っているかい? おふくろにも内緒で、こっそり夜学へかよっているんだ。偉くならなければ、いけないからな。姉さん。何がおかしいんだ……』などと叫んでいる。
『姉の顔は、まるく、ほの白く、笑っているようである。弟の顔は、黒く、まだ幼い感じであった。I can speak というその酔漢の英語が、くるしいくらい私を撃った。はじめに言葉ありき。よろずのもの、これに拠りて成る。ふっと私は、忘れた歌を思い出したような気がした。たあいない風景ではあったが、けれども、私には忘れがたい。』
妻・美知子は、著書『回想の太宰治』で『製糸工場はみな木造二階建てで通行人にいくつも並んだ窓を見せていた。ここで働く女性たちは通勤で、宿舎の設備のある大規模の工場はなかった。太宰が寿館で書いた”I can speak„の女工さん姉弟の姿と声とは、幻で見、幻で聞いたのであろう。』と、この作品を太宰のフィクションとして認識して書いている。