遠い空の向こうへ

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太宰の他に映画等、色々載せれたらいいなと思っています。

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太宰治と木造 №3 旧木造警察署(現・つがる警察署)

 木造の町に来たのは、太宰治生誕祭の前日である18日だったが、日曜日にも関わらず、ほとんど人通りがなかった。
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 歩いていると、やたらとこの写真のように崩れかかった建物が目についた。どんどん廃れてきてしまっている。閉店したお店も多く目につき、時代の流れを感じずにはいられなかった。

その日も、ひどくいい天気で、停車場からただまっすぐの一本街のコンクリート路の上には薄い春霞のようなものが、もやもや煙っていて、ゴム底の靴で猫のように足音も無くのこのこ歩いているうちに春の温気にあてられ、何だか頭がぼんやりして来て、木造(きづくり)警察署の看板を、木造(もくぞう)警察署と読んで、なるほど木造(もくぞう)の建築物、と首肯き、はっと気附いて苦笑したりなどした。
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 太宰が木造警察署(きづくり)を木造警察署(もくぞう)と読んだ警察署は、現在はつがる警察署となっている。念の為に昔からここにあるのかを聞きに警察署へ入りました。
 つがる警察署で、ここは以前に木造警察署であったのか、当時からこの場所なのかを尋ねると、ここで間違いありませんでした。署内の警察官たち(6,7人)が不思議そうな目で私を見ており、受付で対応した一人が理由を訊いてきたので、太宰治の『津軽』に登場することを話すとようやく納得し、そのうちの1人が何かを思い出し、奥から何やらパンフレットを持ってきてくれました。
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 つがる市が発行している、『文化観光散策ガイド』というパンフレットで、その中の一部に太宰治が歩いた木造でのゆかりの地が掲載されていました。そこにはつがる警察署も載っていました。パンフレットを頂けないかとお願いすると、一部しかなくあげられない、白黒になるがコピーしてあげるよと言われ、カラーコピーはダメなのかと内心図々しく思いつつお礼を述べて警察署を出ました。実は生誕祭の翌日の20日にも西海岸(木造、鯵ヶ沢、千畳敷、深浦)を再び訪れ、写真のパンフレットは、その2回目の20日に木造に来た時に駅でお願いして頂くことができました。その時も、一部しかないからあげられないと言われたのですが、駅員の方が何とか探して発見し、辛うじて頂くことができたのでした。

 太宰が木造警察署(きづくり)を木造警察署(もくぞう)と読んで、『なるほど木造(もくぞう)の建築物、と首肯き、はっと気付いて苦笑したりなどした。』と書いているが、当然現在は木造ではなくしっかりとしたコンクリートの建物となっている。
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 余談になるが、2回目に木造を訪れた際、せっかくだから心残りの無いようにもっと写真を撮っておこうと、つがる警察署をパシャパシャと撮り、満足したところで振り返りすたすたと歩いてその場を離れたところ、背後からものすごい勢いで走ってくる足音が聞こえ、振り返ると警察官が私に向かって迫ってきているところでした。私が思わずたじろいでいると、おはようございますと声を掛けて来ました。私は内心動揺し、写真を撮ったのがまずかったのか、それとも道路を斜め横断したせいか、いやそれとも信号無視を実は目撃されていたのか、などと考えを張り巡らしていると、「今、警察署の写真を撮っていませんでしたか?」と訊かれ、私は正直に、太宰治のゆかりの地を歩いていて、『津軽』に登場するため、写真を撮ったと言うと、警察官は納得し、「そういうことでしたか、いや、それが、写真を撮るのはまったく構わないのですが、この警察署の写真を撮る方々がたまにいまして、以前から、なんでこの警察署を撮るのか不思議に思っていたのです。太宰治の作品に…、そうでしたか、いやいや引き止めて申し訳ありませんでした。お気をつけてお帰り下さい。」と言い、警察署へまた走って戻って行きました。

 警察官の話だと、警察署の写真を撮る人が何人もいたらしいが、木造のつがる警察署の写真を撮る理由と言ったら、私にはやはり太宰治『津軽』に登場するからとしか思い浮かばない。それにしても驚いた。人生で今まで警察官が追いかけてきたことなどなく、しかも私自身が根っからの気の弱い小心者であるから、尚更であった。

 おかげでこのつがる警察署のエピソードがいやにはっきり記憶に残ってしまった。
 木造の記事はもう少し続きます。


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by dazaiosamuh | 2017-08-02 16:57 | 太宰治 | Comments(0)

by 黒森 富治大(くろもり ふじお)