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田部あつみと東京 №16 七里ヶ浜心中前日・万世ホテル跡

 昭和5年、鎌倉で心中する3日前の11月25日、修治(太宰治)は小舘保ら4人とともに銀座に飲みに出掛けた。
太宰の発案で我々五人はそれぞれ正体を隠してくりこむこととなった。それぞれ音楽士、芸人、画家、それに私は医学生、太宰は文士という風に受持ち役割を仕立てた。横なぐりの雨の中を高田馬場から二台のタクシーに分乗した。誰もがお互の役割を確かめあってはしゃいでいた。
 車はしの突く雨の中を走り抜けて、銀座裏通りの「ホリウッド」という看板をかかげたバーの前で停った。車賃は五十銭であった。ホリウッドは十五、六人が座ればいっぱいになるような狭い酒場だった。酒場の暗い照明も手伝って、それぞれが紛した役割を十分に果した。とりわけ文士を名のる太宰は誰もその素性を疑うことはなく、太宰はすこぶるご満悦の体であった。

 エッセイ集『太宰治に出会った日』の中で、小舘保が証言している。さらに、その時ホリウッドで働いていた、田部あつみの印象をこう書いている。
数人いる女給の中で、園(ソノ、本名・田部シメ子、十九才)は一際目立つ存在であった。原節子に似た理知的な顔立ちは東京でも滅多に見ない美しさだった。黒に近い紫色の地に赤と黄色の模様が描かれたワンピースが大柄な身体を一層引き立たせた。広島の出身と自己を紹介したが、言葉には訛りが少しも感じられなかった。
 シメ子は自分の夫の職業は画家であるといい、そして自らも筆をとってカンバスに向かっていると話した。あの当時珍しかったショートカットの断髪は、きっと自己表現の一部であったのかもしれない。

 広島でも一際魅力的であったあつみは、やはり東京でも大抵の男の目を引く女性であったようだ。『当時珍しかったショートカットの断髪は、きっと自己表現の一部であったのかもしれない』とあるが、広島でのあつみのことなどを全く知らずに、前知識なしにそう見解したのなら、かなり目の鋭い人だ。
我々は看板まで大いに騒いだ。最初から最後まで、流行のビールやウィスキーではなく日本酒で通した。園も我々と一緒に店を出て帰途のタクシーに乗った。常盤館へ帰り着くと太宰の姿はなかった。園と二人で本所で降りて、どこかへ消えてしまったという。
 私の脳裏を黒い影がよぎった。今夜の太宰は、今にして考えてみると異常ちも思えるはしゃぎようではなかったか、それでいて決して目は笑っていなかった。私は言いようのない不安に襲われた。
 私が太宰の姿を再び見たのは鎌倉・恵風園のベッドの上であった。命が縮まる思いで小山初代を上京させてからまだ一卜月も経たないというのに……。私は内からわいてくる腹立たしさを覚えながら太宰の寝顔を見つめていた。

 そして前回、前々回に書いた記事が次の日の昭和5年11月26日のことになります。次の日、即ち心中事件前日の27日には、太宰は田部あつみを伴って、築地小劇場で中村貞次郎と逢っており、その夜は、神田区旅籠町一丁目十番地の万世ホテルに泊まった。
田部あつみと東京 №16 七里ヶ浜心中前日・万世ホテル跡_c0316988_20324336.jpg
 写真中央の道路を挟んで、左が現在の外神田三丁目、右が外神田一丁目になります。太宰とあつみの泊まった万世ホテル跡(神田区旅籠町一丁目)は、現在の外神田三丁目にあり、なおかつ現在の外神田一丁目よりに位置していた。
田部あつみと東京 №16 七里ヶ浜心中前日・万世ホテル跡_c0316988_20330618.jpg
 写真は現在の外神田三丁目。当時この付近が神田区旅籠町一丁目であったと思われる。万世ホテルもこの付近のどこかにあった。
 太宰はその万世ホテルの便箋を使用した初代宛の遺書を残している。
『お前の意地も立った筈だ。自由の身になったのだ。/万事は葛西、平岡に相談せよ。』『遺作集は作らぬこと』と記した実際の遺書が残っており、書籍等で確認できる。

『命が縮まる思いで小山初代を上京させてからまだ一卜月も経たないというのに……。私は内からわいてくる腹立たしさを覚えながら太宰の寝顔を見つめていた。』と小舘保が書いている通り、もし私が小舘保の立場だったら、お前何やってんだ、と腹を立てる筈です。
 この万世ホテルに27日に泊り、翌28日に鎌倉であつみは太宰と共に心中を図り、自分だけが命を落とすことになる。その万世ホテルに泊まり二人で心中することに対ししてどのような話がされたのか、たぶんお互い未遂に終わる段取りであったと勝手に推測するが、互いの身の上を話し、どのぐらい理解し合い、ことに到ったのか。

 中途半端になってしまったが、田部あつみの東京編はここで終わりになります。
 鎌倉での心中の記事は、後でゆっくり書こうと思います。

by dazaiosamuh | 2017-01-13 20:36 | 太宰治 | Comments(0)