遠い空の向こうへ

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太宰の他に映画等、色々載せれたらいいなと思っています。

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太宰治が見た佐渡 №4 本間旅館跡!

十年ほど前に、北海道へ渡った事があったけれど、上陸第一歩から興奮した。土の踏み心地が、まるっきり違うのである。土の根が、ばかに大きい感じがした。内地の、土と、その地下構造に於いて全然別種のものだと思った。(中略)私は、佐渡の上陸第一歩に於いても、その土の踏み心地を、こっそりためしてみたのであるが、何という事も無かった。内地のそれと、同じである。これは新潟の続きである、と私は素早く断案を下した。(中略)もうそろそろ佐渡への情熱も消えていた。このまま帰ってもいいと思った。どうしようかと迷っていた。私は、港の暗い広場を、鞄をかかえてうろうろしていたのである。

 太宰は、「だんな」と声を掛けられ、宿の客引きに誘われ宿へと向かって行く。その宿は、『佐渡』では『福田旅館』と書かれてあるが、実際の旅館名は『本間旅館』。ここ佐渡には、『本間』が多い。
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 佐渡・両津に到着した私は、最初に太宰が泊まった本間旅館跡を探すことにし、観光案内所でやさしそうなスタッフの女性に話しかけた。すると、『本間旅館』は現在、『スーパーキング』という名前のスーパーになっているらしい。
「近くまで行けばすぐに分かるから」と言われ、さっそく向かいます。途中、案内板があり、見てみると。
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『スーパーキング』の名前が載っていました。しかし、実際にその付近に行った私は、まごつきました。どこを見渡しても、スーパーなど見当たりません。すでに時刻は、午後3時半を過ぎていました。キョロキョロしながら、道行く人たち数人に「スーパーキングはどこにあるのでしょうか?」と半べそ状態で訊くと、そのうちの1人が、ここだよ、と教えてくれました。その建物を見た私は愕然としました。
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 これがスーパー…。看板がない。『スーパーキング』の看板は、どこにもないではないか。これじゃ初めて来た人が分かる筈がない。しかも入口も分かりにくい。しかし、旅館の面影は少し残っている。
宿へ着いた。あばらやでは無かった。小さい宿屋ではあるが、古い落ちつきがあった。…私の案内された部屋も悪くなかった。部屋に、小さい炉が切ってあった。風呂へはいって鬚を剃り、それから私は、部屋の炉の前に端然と正座した。

 前日、新潟高校で講演を行った太宰は馬鹿に行儀正しくなっていた。女中の前でも、膝を崩さずにいた。

君は、佐渡の生れかね」
「はい」
「内地へ、行って見たいと思うかね」
「いいえ」
「そうだろう」何がそうだろうだか、自分にもわからなかった。ただ、ひどく気取っているのである。また、しばらく会話が、とぎれる。私は、ごはんを四杯たべた。こんなにたくさんたべた事はない。


 どうやら太宰いわく、女中は窮屈がっていたようです。
私は、さむらいのようである。(中略)六時四十分。いまから寝ては、宿の者に軽蔑されるような気がした。さむらいは立ち上り、どてらの上に紺絣の羽織をひっかけ、鞄から財布を取り出し、ちょっとその内容を調べてから、真面目くさって廊下へ出た。のっしのっしと階段を降り、玄関に立ちはだかり、さっきの番頭に下駄と傘を命じ、
「まちを見て来ます」と断定的な口調で言って、旅館を出た。

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『スーパーキング』の横と後ろからの外観になります。やはり、どこにも看板はありません。店内はどんな様子なのか入って見ると、不自然な場所に扉があったりなど、商品棚も窮屈そうに並べられ、初めて入った人も思わず、「おや?以前の建物をそのまま利用しているな」と、すぐに分かります。
 お店は、1階が主に生鮮食品、2階がお菓子や生活用品などになります。手ぶらで店を出るのも気がすすまないため、適当にお菓子を選び、太宰のようにのっしのっしと階段を降り、レジへと向かいました。店員数名に、以前本間旅館であったことを確かめてみると、いつものことですが、「そのように聞いてはいます」との返事でした。
 ただ、この旅館の名残というのが、太宰が宿泊した当時の名残なのかは不明。たぶん幾度か改装等はしていると思うので、そのまま太宰が泊まった当時の名残と考えることにはつなげることはできません。

 太宰はこの『本間旅館』跡周辺をぶらぶら歩いたみたいなので、次回はその記事を書きます。

※追記 H28年9月26日(月)
 ・コメントでいただいた通り、詳細を調べたら、スーパーキングは本間旅館跡ではないようです。もう少し先に進んだ場所で、佐渡市夷62の場所になります。時間が掛かりますが、また後で佐渡市を訪れて踏査したいと思います。ご了承ください。


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Commented by 本間治 at 2016-09-26 03:51 x
佐渡市の住人です。ここは本間旅館ではありません。住所をお調べください。
Commented by dazaiosamuh at 2016-09-26 22:31
> 本間治さん、情報ありがとうございます。
 観光案内のスタッフの情報を鵜呑みにしてしまった私のミスです。
 調べたところ、佐渡市夷62が当時本間旅館があった場所のようです。もう少し進んだ先のようです。
Commented by 本間治 at 2016-09-27 03:54 x
返信ありがとうございます。わざわざ佐渡島に来ていただいたのに誤った情報を教えてしまい、佐渡市民として心より御詫びします。私も熱烈な太宰信者にて、貴兄のブログは大変楽しみにしております。佐渡島で「佐渡」の朗読会を、旧高田屋旅館(現在おーやり館)で計画しております。また再訪していただければ幸いです。
Commented by 本間治 at 2016-09-27 04:10 x
追伸
片山英一郎著「太宰治情死考」(1980年・たいまつ社刊)によれば、山崎富栄は、父・晴弘に連れられ全国を旅行しています。成長期の富栄に大きな影響を与えたとされます。手記『古稀翁山崎晴弘』の中には、旅行先として佐渡ヶ島も挙げられていました。富栄の方が先に来島していたようです。縁というか不思議な因縁を感じますね。相川は、江戸時代より遊郭が栄え、近松の世話物を地で行くような心中事件が数多くありました。太宰は知らなかったと思いますが。
Commented by dazaiosamuh at 2016-09-28 20:14
> 本間治さん、旧高田屋旅館で朗読会ですか!いいですね!私が旧高田屋旅館を訪れた時は、2階から上は改装中でした。現在はどうなっているのでしょうか。
 片山英一郎著「太宰治情死考」は、持っているのですが、まだ読んでいませんでした。富栄も佐渡ヶ島を訪れていたのですね、知りませんでした。太宰と富栄はやはり、出会う運命だったのかもしれません。太宰が相川を訪れた当時はどうだったのでしょうか。
 そういえば、1年以上前から、矢田賢作著『太宰治と佐渡』(私家版、S40年6月19日)を探しているのですが、見つけることができません。太宰治と佐渡についての詳しい情報が書いてあるのかどうか、気になるところです。
Commented by 本間治 at 2016-09-29 01:04 x
現在(2016年9月)において、太宰治の佐渡市来訪における研究を進めているのは、私の知る限り私しかいないようです。お探しの書籍ですが、佐渡市内の図書館及び博物館、資料館には現存しません。昭和16年1月発行の「公論」すらありません。
太宰治と出会った人々は、すべて鬼籍に入っております。二日間、宿泊した二つの旅館の宿帳も消失しておりましょう。しかし、太宰治来訪当時の、おけさ丸や両津の街並みを偲ばせる古写真は残されております。太宰治は、確かに佐渡島に来訪しております。一泊二日の旅程ながら、その形跡は謎だらけです。「佐渡」に書かれたエピソードの類いは恐らく真実でありましょうが、太宰治のことです。津島修治の視点は別段に置かれているのかもしれません。
戦後の売防法成立前ですので、佐渡島にも両津にも相川にも遊廓はありました。太宰治はそこで遊んだのかもしれませんが、懐具合から想像してそれはなかったと思います。
佐渡島における太宰治の軌跡は、当然「佐渡」にしか描かれておりませんが、例えば彼が食べた米飯の品種など調査中です。コシヒカリではありません。
Commented by dazaiosamuh at 2016-09-29 21:16
> 本間治さん、佐渡をまた訪ねれば、私の探している書籍「太宰治と佐渡」もあるのではないかと思っていたのですが、ないのですか。残念です。確かに太宰の佐渡島来訪は謎が多いですね。
佐渡金山等はどうだったのでしょうか。佐渡島来訪における太宰治について調査中とのこと、私も自分なりに他のゆかりの地などを念入りに調べていきたいと思います。
Commented by 本間治 at 2016-10-07 06:51 x
こんにちは。最近、太宰の宿泊先である「本間旅館」を特定する写真を発見しました。昭和39年頃と思われます。残念ながら瓦屋根と看板のみで、建物の外観は分かりません。佐渡には、昭和10年から昭和15年にかけての両津港、夷町界隈の街並み、おけさ丸の雄姿、太宰が乗車したと思われるバス(フォード社製)、車窓から眺めたであろう当時の佐渡の田園風景、鉱山と鉱山町の古い街並み…太宰の足跡をうかがい知れる古写真が多く残されています。また太宰がおかわりした佐渡島産のお米は「越前」と言う品種かと思われます。当時の佐渡で多く栽培されていました。さて、今週末から上京して久しぶりにお墓参りに足を運ぼうと思います。太宰と富栄さんの…。
Commented by dazaiosamuh at 2016-10-08 19:40
> 本間治さん、本間旅館と思われる写真!! 佐渡には太宰が訪れた当時の街並みなど写真の残っている資料等があるということでしょうか。図書館等ですか?お米「越前」は、私は初めて聞く品種なのですが、味や質などはどのようなお米だったのでしょう。お米には疎いので…。
お墓参り、いいですね!私はつい2,3日前にちょうど太宰のお墓に顔を出してきたところです。
by dazaiosamuh | 2015-05-23 13:07 | 太宰治 | Comments(9)

by 黒森 富治大(くろもり ふじお)