2014年 08月 10日
太宰治 奥多摩の御嶽へピクニック! №6 河原の岩にて
この鵜の瀬橋は、その名の通り近くに鵜などの水鳥が沢山いるために付けられた名前のようです。特に鵜の瀬橋に近い、勝仙閣(旅館です)付近に多く見られるようです。鷺、鴨などの水鳥の宝庫。
『途中、河原の、五、六メートルはあろうかという岩の上に並んで座り、周囲の山を背景に写真を撮った。正面を向いているのは瑞穂と安成と上林だけで、浜野は空を見上げ、木山はそっぽを向き、太宰は身をかがめて何かをのぞきこむような姿勢をとっている。その後、一同は河原に座って、林の持ってきた海苔巻を食べた。』(青柳瑞穂の生涯)
『河原の岩の上に並んだところを、安成さんが写真に撮つた。それから河原に坐つて、林君の持つて来た海苔巻を食べた。太宰君は、玉川屋の蕎麦や酒のことを知らないで、寒山寺で今日の遠足は終りかと思つてゐたといつたので、皆が笑つた。』(阿佐ヶ谷会文学アルバム)
多分、それぞれが何かしらポーズをとっての視線だったのでしょうね。海苔巻の具は何だったのでしょうか、岩の上で景色を眺めながら食べたら格別でしょうね。天気は曇り又は雨でしたが、川の流れは穏やかでした。この多摩川では、鮎や山女魚などの渓流釣りが楽しめます。寒山寺で遠足が終わりだと思っていたとは、太宰らしいですね。むしろそれだけだと思っていたのによく遠足に参加したと思います。そういう部分が、太宰の愛嬌というのか、お茶目な一面だと思います。
太宰一行が座って写真を撮った岩を探したのですが、私は見つけることができませんでした。見落としたのでしょうか。それとも、数十年のうちに、川の流れで、もしくは整備等で変わったのか。
橋に到着すると、太宰一行が写真を撮った『御嶽橋』は思いのほか弱々しく華奢な橋だな、と思いよく見ると、『御嶽小橋』でした。紛らわしい。写真では見にくいですが、御嶽小橋です。御嶽橋はもう一つ先でした。
御嶽橋、御嶽駅までもう少しです。御嶽遠足はまだ続きます。