遠い空の向こうへ

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太宰の他に映画等、色々載せれたらいいなと思っています。

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 久しぶりの記事になります。
 太宰は『津軽』執筆のために、取材旅行でこの深浦へ来たのが昭和19年5月25日。深浦の町を歩き、円覚寺へお参りして、そろそろ引きあげようかと思った時に、ふと東京にいる子供のことなどを思い出してしまった。百日咳に罹っている子供と2人目の子供を近く生む妻のことを思い、郵便局へ行って、葉書を1枚認め、妻子のもとへと送った。そして…。

たまらない気持がして私は行きあたりばったりの宿屋へ這入り、汚い部屋に案内され、ゲートルを解きながら、お酒を、と言った。すぐにお膳とお酒が出た。意外なほど早かった。私はその早さに、少し救われた。部屋は汚いが、お膳の上には鯛と鮑の二種類の材料でいろいろに料理されたものが豊富に載せられてある。鯛と鮑がこの港の特産物のようである。お酒を二本飲んだが、まだ寝るには早い。津軽へやってきて以来、人のごちそうにばかりなっていたが、きょうは一つ、自力で、うんとお酒を飲んで見ようかしら、とつまらぬ考えを起し、さっきお膳を持って来た十二、三歳の娘さんを廊下でつかまえ、お酒はもう無いか、と聞くと、ございません、という。どこか他に飲むところは無いかと聞くと、ございます、と言下に答えた……
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 その行きあたりばったりの宿屋というのが、秋田屋旅館のことで、現在の『ふかうら文学館』のことだ。『汚い部屋に案内され…』とは失礼だと思うが、現在太宰が宿泊したその部屋は、『太宰宿泊の間』として当時のままに再現されている。館内は撮影禁止のためお見せすることができないのが残念だが、部屋からの見晴らしもいい。太宰が各地で泊まった部屋は、いつも決って角部屋が多い気がする…。
 それと面白いのが、部屋とは別にある『太宰治の間』のコーナーでは、太宰が訪れた頃に旅館で振舞われた料理が推測再現されていたことだ。お膳には、鮑の刺身、鯛の塩焼き、アラ汁、鯛の子とフキ、ネマガリダケの炊き合わせ、鯛のかぶと蒸し、鮑のウロ(はらわた)の塩辛、ミズと鮑の水物。この料理が全部出されたわけではないが、それでも戦時下でありながらなかなか豪華である。
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 部屋の中の写真は撮れないので、外から太宰が泊まった部屋の写真を載せておきます。ここから酒を飲んでは、東京にいる妻子のことなどを考えていたのだろう。

 飲み足りない太宰は、お酒はもう無いと言う娘さんから、お酒を飲める場所を聞き、その料亭を訪ねるのであった。


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# by dazaiosamuh | 2017-10-14 13:23 | 太宰治 | Comments(0)

by 黒森 富治大(くろもり ふじお)